其の十・とある予言者の話(元桑152・蒲牢)

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「国造りで色々大変だったけど、自分たちの居場所を作れてよかったね。あっちこっちの国を渡る蒲牢ほろうの一族はすっごく大変そうだけど……」

 同じ場所に留まると視野が狭くなることを恐れたから、蒲牢の一族は覚悟を決めてその生き方を選んだんだ、と声の主は答え、

 じゃあ、とある予言者のお話をしましょうか。

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 蒲牢の神は、まだ芽生えぬ危機を先見し、警鐘を鳴らす予知の神として崇められていた。

 九柱の神の子らが活躍した始まりの時代は、やがて神同士の不和によって破綻すると予言し、終焉を言い当てたのも蒲牢の神だった。

 かの神は幸ある未来は予知せず、来る災いのみ民に知らしめる。

 蒲牢の神力を受け継いだ民たちは、ほかの国の人々から『予言の一族』と呼ばれるようになった。


 ある日、国々を渡り歩く蒲牢の一族は、とある国の国境近くの町に立ち寄った。

 穏やかな環境に恵まれた地は作物の実りがよく、国境を越える旅人や商人たちが足を休める宿場町として、貿易もそこそこ栄えている。

 往来に行きかう人々の多くは朗らかな笑顔をたたえ、町は活気に満ち溢れている。

 領主様は実に有能なお方で、この貧しかった町も領主様のおかげで豊かになった、と町に住む人たちが言う。

 蒲牢の民は、商品を運ぶだけでなく、各地の故事や伝聞も収集している。領主の噂を聞いた蒲牢の若き長は、当人に会ってみることにした。

 快く承諾した領主は、宴席を設け、部族を歓待した。

 この町の話を聞かせる代わりに、一つ予言してくれないか、と領主は長に掛け合った。蒲牢の若き長は国の行く末すら見通せる百年に一人の預言者と呼ばれていながら、その能力をめったに使わないことで知られている。

 若き長は予言の承諾をしないまま、数日間町に滞在し、色んな人から領主に関する話を聞いた。

 痩せ細った領地を与えられた彼は手間暇を惜しまず、堅実な行動でこの土地を作り替えていった。結果へ急くことなく、今あるものをもって、いかにより多くのものを生む出すかを考え、一番現実に沿った方策をとる。

 この国にしばらくの間災いの兆しはありません。それに、領主様は現実をしっかり見据えて動くお方です。予知する必要はありませんよ。

 若き長は領主に告げた。

 国が安泰でも、この土地が安泰でいられる保証にはならない。木を育てるために、時には枝を切り落とす必要があるが、ここがその切り落とされる枝になってほしくないのだ。

 領主も譲らずに力説した。

 かつて我らが神も、兄弟の不和を予言しておきながら、それを阻止することはできませんでした。いずれたどり着いてしまう災いと知りながら前へ進むのは、耐えがたい苦痛が伴います。

 若き長は警告する。

 たとえ避けられないとしても、知ることは備えにつながる。その備えで少しでも災いから人を救えるのなら、苦痛も甘んじて受け入れよう。

 領主はなおも意見を変えなかった。

 では、申し上げましょう。

 根負けした若き長は告げた。


「怯える臣下たちに遠巻きにされ、血にまみれた領主様の姿が見えます」


 幾年が過ぎ、若き長が率いる蒲牢の一族は、再び領主がおさめる国境近くの町を訪れた。

 打ち捨てられたような建物や道路にはかつての宿場町の面影もなく、疲れきった顔で道端に座り込み住民は旅の一団を見ては物乞いした。

 たった数年で栄えた町がここまで荒んだ理由が知りたくて、長は領主を訪ねた。

 領主の容貌もまた彼がおさめる町のように変わり果てていた。土気色の唇にやつれた頬、無造作に伸びる白髪から覗く目だけは妙に爛々としていた。

 私はいったい何を間違えたというのか。

 領主は問いかけた。


 予言を知った日から領主は思い悩み続けた。

 自分はいつか殺されるほど人々に恨まれ、道を踏み外してしまうのだろうか。

 今までしてきたことの中で、人々の不満を募らせる行動があったのだろうか。

 領地の民のためと思ってしたことで、遺恨を残す悪手があったのだろうか。

 そう考えていると、今やっていることも、これからやろうとしていることも、本当に正しいのか判断できなくなってしまい、朝令暮改が繰り返された。


 恨まれている以外の可能性があるとしたら、妬みや嫉みからくる暗殺だろうか。

 自分の周りにいる臣下の中には、よからぬ心を抱く悪者がいるのだろうか。

 自分の理念に共感して集った仲間だと思っていた者は、本当は自分を見下しているのだろうか。

 そう疑っていると、進言を聞き入れることも、議論を交わすこともできなくなり、臣下の忠誠を試す行動が繰り返された。


 恨みや妬み以外の理由であるのなら、はやり期待に沿えない自分の力不足だろうか。

 国の指示に従うばかりで、領地の民の不利益になってはいないだろうか。

 他国との交流で譲歩しすぎて、本来享受すべきものまで明け渡してはいないだろうか。

 そう怪しんでいると、治世の在りかも、国交の在りかも不審に思えてきて、ひたすら最大の利益を求める交渉が繰り返された。

 

 築くのに長い時間がかかったものは、崩すのにはさほど時間はかからなかった。

 行商人や旅人たちに敬遠され、有能な部下たちに遠ざけられ、最後には国にすら見放されたこの地には、もはや立て直す気力が残されておらず、静かに滅びゆくのを待つばかりだった。


 手の届かぬ先の景色に惑わされたんですね。いつも目前のことをしっかり捉えるあなたなら、もしかして予言を変えられるかもしれない、と夢見てしまいましたが……

 ことの顛末を知った長は、物憂げに視線を伏せた。

 とぼけるな!お前のせいだ、お前が吐いた妄言のせいで、すべてが狂いだしたんだ。

 やり場のない怒りに震える領主は咆えながら剣を抜き、長の胸を目がけて突き刺した。

 予言なんて、ばかばかしい。口に出して災いを呼び寄せたんだろ。予言じゃなくてただの呪いだ。

 領主は剣を振り下ろす。

 呪われた一族め。呪われた一族め。

 毒を吐くたびに、剣を振るう手に力を込めた。


 呪いの元を絶ち、呪縛から解き放たれた気分になった領主は、返り血にまみれて笑い声をあげた。駆け寄る臣下はおらず、みな怯えた顔でかつて慕っていた領主を遠巻きに見ていた。


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 災いを予言し、回避するのが蒲牢の一族の目的だったけど、彼らはやがて残酷な事実に気付く。予言された未来は撤回も回避もできないのだ。そんな予言は不幸を生み出すだけだと悲観した蒲牢の民はこの惨劇の後、予知の能力を隠して生きることにした。

 と声の主は締めくくった。

「絶対に変えられない予言を一番信じたくないのは、蒲牢の民かもしれないね」

 子供は言った。

 変えられない未来を恐れたから、その力を封じたのだよ、と声の主は答えた。

「願掛けみたいなものじゃないかな。口に出すと現実になるなら、口に出さなければそうならない、違う未来が訪れるかもしれないって願ってるんだ」

 自分たちの神様を疑ってても、信じたい未来を。

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