其の四・とある木こりの話(元桑026・狻猊)
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「神様や御使いがいるならさ、やっぱ勇者や精霊とかもいるの?」
子供は質問する。
神様以外にはざっくりと、「
「龍神様から力を借りて、悪い獣たちをバンバン倒して金銀財宝と絶世の美女を持ち帰るの?」
定番だけどつまんなそう、と子供は口を尖らせた。
金銀財宝と絶世美女に詰まった夢と浪漫を退屈と言っては身も蓋もないよ、と声の主は苦笑した。
じゃあ、とある木こりのお話をしましょうか。
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森の近くに、母親と二人暮らしの若い木こりが住んでいた。
森には人を喰らう獣が潜んでおり、人々はめったに森に近づけなかったが、木こりが森から切り出した木を蒸し焼きにして作った炭は、煙が出ずよく燃えると評判がよく、高値で売れた。
誠実で親孝行な木こりは、年老いた母親が不自由のない暮らしができるように、命を危険に晒して働いた。
森に入っている時は獣の気配を警戒しながら、素早く木を切り倒し、切り倒した数だけ、苗を植えて育てなければならないので、木こりはいつの間にか強い腕っ節と並外れた駿足を鍛え上げた。
そんな木こりの人となりと力強さを見込んだ守護神の一柱は、彼に炎の力を授けた。
木こりは母親や村のみんなを守るために、森に潜んでいる獣を退治しようと立ち上がった。
赤々と燃える炎は、夜闇にまぎれた獣の姿を照らし出し、眠る人々を守った。
木こりは炎を恐れ、森の奥へ逃げ帰った獣を追いかけ、何人もの血が染み込んだ巣窟めがけて手斧を振り下ろした。迸る炎は岩をもぐずぐずに融かし、悪しき獣を巣ごと焼き尽くした。
圧倒的な力は木こりを驚嘆させ、彼の心にある恐れと迷いを焼き払った。
神から授かった力で獣たちを追い払い、人々が安心して暮らせる場所を作りたい、と木こりは自分の夢を母親に打ち明け、母親を置いて家を出なければならないことを詫びた。
神様の力があっても、自分はただの木こりだということを忘れてはならんよ。
木こりを送り出す母親は、彼に念を押した。
木こりは、獣たちと戦い続けた。
今まで獣に狩られる側だった人が、獣を狩る側になったことに人々は喜び、木こりを神のように崇拝し、木こりも人々の信頼に応えて奮闘した。
村に入り込み、家畜を嬲り殺す獣をどうやって追い出すか悩む人々に、木こりは言った。
そんな細かい策を練って追い出さなくても、殺せばいい。
彼は炎を纏う手斧を振り回し、家畜小屋を火の玉にして、家畜と獣もろとも焼き殺した。
山に住み着き、人狩りを楽しんでは巧妙に隠れる獣の居場所が掴めず悩む人々に、木こりは言った。
そんな労力を費やさなくても、燻り出せばいい。
彼は山裾に火を放ち、あっという間に火の海と化した森の中から逃げ惑う獣を見つけて、とどめを刺した。
獣の数は確実に減っていったが、人々の暮らしが豊かになっていく様子はなかった。
その中で、木こりは町で人々の会話を耳にした。
あそこの村は、獣狩りで売りに出す直前の家畜を全部失ったんだって、あそこまで育て上げるのに数年かかったというのに……
隣町の裏山に住み着いてた獣が死んでから、その獣の好物だった虫が一気に増えて、畑の作物を食い荒らして、手も付けられない状態だとさ……
この前の獣退治で放った火が強すぎて、地面に鉄を溶かした坩堝のような穴ができてな、燃え続けて熱くて熱くて、もう周りは住めなくなったんだ……
木こりは茫然と立ち尽くしてしまった。
獣を退治しては次の地へ向かう彼は、自分が後にした土地でどんなことが起きたのか考えたことはなかった。
人さえ死なせなければ、多少の犠牲はしょうがないと思っていた。
人々の会話は続いた。
でも、獣を退治できるのはあの火のお方だけだ。
火のお方は我々を導くための
きっとあの方は何とかしてくださる。
手斧を振るうことができても、死んだ家畜を蘇らせることはできない。
獣を屠ることができても、作物を荒らす虫を抑えることはできない。
炎を放つことができても、融かしてしまった地面を冷ますことはできない。
人々の期待には応えられない――
木こりは、ただの木こりでしかない自分に打ちのめされた。
神様の力があっても、自分はただの木こりだということを忘れてはならんよ――
別れ際の母親の言葉が蘇り、途方に暮れた木こりは、数年ぶりに母親のいる家へ戻った。
所詮私は、木こりの器でしかないということだろうか、と彼は母親に今までの経緯を語った。
悄然とうなだれた息子に、母親は優しく言葉をかけた。
木こりは、ただ木を切り倒すだけではないだろう。ほかの木の成長を邪魔する木を森から間引き、切り倒した数だけ苗を植えて命を繋ぐ。切れ味のいい手斧を持ってるからって、木こりが森の木を全部切り倒しちゃ、何も残らないし、何も生まれないじゃないか。
難しく考えなくていい、あんたは木こりだ。切り倒していい木を見つけたら切り出す。病んだ木を見つけたら虫を取って治す。死んだ木を見つけたら根っこを掘り出して新しい苗を植える。
神様から授かった火とやらを使わずとも、道を照らし出す方法はいくらでもあろう、と母親は息子の肩に手をのせ、彼を再び送り出した。
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それから木こりはむやみに炎の力を使わなくなり、後先を考えて行動するようになった。周りに目を凝らし、人々の声に耳を傾ける彼は堅実に歩を進み、我が身を顧みることを怠らず、粛々と人々を導き、やがて龍神の眠る大陸に『始まりの国』――狻猊の国――を築き上げた。
声の主は締めくくった。
「木こりのお母さん、簡単そうに言ってのけたけど、ただの木こりからキング・オブ・ザ・キコリになるまできっと大変だったよね」
神様に選ばれた人だし、きっと王様になる才能を持っていたんだ、と声の主は頷き返した。
「神様の力に頼りすぎてだめだめになりかけて、神様を疑ってやっと前に進めたんだから、それはもう自分で選んだ道だよ」
それなら、金銀財宝に負けない夢と浪漫がつまってるね、と子供はにったり笑った。
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