其の五・とある孤児の話(元桑051・狴犴)

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蒲牢ほろうの神様が予言の神様で、狻猊さんげいの神様は炎の神様だよね。ほかの神様たちはどんな力を持ってるの?」

 子供は質問する。

 守護神たちにも色々個性があるからね、体を強化したり、水を操ったり、守りの結界を張ったりできるんだ、と声の主はかいつまんで説明した。

「へえ、定番の炎・水・草とかじゃないんだね」

 子供は少々拍子抜けしたようだ。

 じゃあ、とある孤児のお話をしましょうか。

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 その昔、人々は獣たちに怯えながら暮らしていた。

 大きな翼を持つ獣は畑を荒らし、鋭い牙を持つ獣は人を襲って食べた。残忍な獣たちから隠れ、息をひそめながら暮らしていくのは、とても大変なことだった。

 

 とある村に、両親と妹と四人で暮らしている男の子がいた。

 その日、両親と一緒に黄色くなった稲穂を見に畑に行くと、待ち伏せていた獣が襲いかかり、男の子の目の前で彼の両親を食い殺した。

 獣は一つの村に狙いをつけると、人が死に絶えるまで殺しをやめない。それを知っている男の子は必死に村へ逃げ帰り、妹を抱いて穴蔵に隠れた。

 獣の咆哮や人の悲鳴は、絶えず穴藏の中に届いた。腕の中の妹はいつしか動かなくなり、弱り切った男の子もとうとう意識を手放した。


 肩をゆすられて目を覚まし、男の子は心配そうに自分を見下ろす大人の顔を見た。

 一人だけでも生き残りがいて、本当に良かった。

 抱きしめてくれた腕が力強くて、男の子はやっと声をあげて泣くことができた。


 男の子を助けてくれたのは、屈強な男だった。

 龍神様が授けた守護神の力を持っている男は、獣をやっつけるために方々を渡り歩いている途中に、子供の暮らす村を立ち寄った。

 すまない。私がもっと早く来ていれば、君も孤児にならずにすんだのかもしれないのに。

 男はまだ幼い子供をそばに置き、大人になるまで守り切ると約束した。

 男は食べ物が少ない時は、子供に譲って食べさせた。子供が嘘をついた時は、厳しく叱った。子供がまっすぐな人間になれるよう、自分の行動で手本を見せた。

 子供は、男の背中を追いかけて成長していった。


 男は、雷電の力を剣に宿し、人々の暮らしを脅かす獣と戦い続けた。迸る電光に照らされる勇姿は、彼を尊敬する者たちを引きつけた。

 そして悪い獣だけでなく、男は弱者を虐める悪者も容赦なく懲らしめた。

 弱肉強食なんて間違っている。強いものは弱いものを助けるために力を使い、弱い者は力を合わせて助け合う。そうすればもっともっと多くの人が幸せになれる。

 その信念を貫く男の周りに集まるのは、義侠心にあふれる人ばかりで、少年から青年へ成長した男の子も、その一員として共に戦った。


 そして男は、最後で最強の獣との戦いで命を使い果たし、その地に永久の平和をもたらした。

 男の元で育った青年をはじめ、多くの人々は悲しみ、彼の遺志を継いで良い国を作ろうと誓った。


 男の葬式は、生まれ故郷の地で盛大に執り行われた。参列する人の群れが道々を埋め尽くし、彼を偲ぶ言葉は方々から聞こえた。

 青年は葬式で、初めて男の娘に出会った。顔に幼さが残る少女は、今や男の唯一の血族だという。

 青年は少女の前に進み出て、彼女の父親がいかに公明正大な人でありながら、慈愛と憐憫にあふれ、周囲の人間に愛されていたのかを語った。

 私たちはみな、彼を実の父親のように慕っている、と青年は締めくくった。


 実の父親というのは、慕われるものなのですか、と少女は実に不思議そうに問い返した。

 私は父上との思い出はありません。どんな顔をしているのか、どんな声で話すのか分かりません。知っているのは、皆を助けるために戦い続けていることだけです。

 兄上が足を滑らせて溺れ死んでも、母上が病で床に臥せっても、父上は顔を出すことはありませんでした。

 私は実の父親を慕う感情がよく分かりません。

 喪主として気丈にふるまう姿は父親に似て立派だ、と言われましたが、私はただ、その棺に横たわっている人に対して、何の感慨も湧かないだけなのです。

 少女は揺らぎもしない湖を湛えたような瞳を青年に向け、静かに答えた。


 青年は一瞬、獣に襲われ、大事な家族を失った昔の自分と、目の前の少女が重なって見えた。

 彼女は過ぎし日の自分と同じく、孤児となったのだ。


 なぜ泣くのですか。

 青年に抱きすくめられた少女は、戸惑いながら聞いた。


 生きててくれて、本当に良かったと、思っただけです……

 青年は絞り出すように言った。


 私には、実の親子の情というものがよく分かりません。

 少女は言葉を選びながら、青年を泣き止ませようと、彼の頭に手を置いてみた。

 でも、あなたの言う親子の情には興味があります。

 父上は、あなたにとっては、どんな親でしたか。

 父上は、どんな国を作ろうとなさったのでしょうか。

 

 はい、私の知っているすべてをお教えします。

 あなたのお父様が作ろうとした素晴らしい国を、これからお見せします。

 青年は少女と約束を交わした。


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 そこから生まれたのは、弱い人を守るために法を敷き、正義の信念を掲げる国、狴犴へいかんの国だった、と声の主は締めくくった。

「狴犴って雷を使う守護神だったのか、正義のいかづちって感じだね」

 子供はうんうん頷く。

 雷って天の怒りと解釈されることが多く、正義を執行する国にはぴったりのイメージかもね、と声の主は付け足した。

「国王になるのは誰だろう?」

 実の娘か、実の子のように育てられた青年、どっちであってほしい?

「女王様もいいけど、青年に王様になってほしい」

 彼女をぎゅっと抱きしめて、泣かせてあげて欲しい、と子供は言い足した。

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