其の六・とある星見る子供の話(元桑032・囚牛)

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 無人島にいくなら何を持ってくかっていう定番な質問があるよね、と声の主は切り出す。

「スマホ」

 子供は即答した。

 流石現代っ子、と声の主は軽く噴き出し、続いて、じゃあもう四、五個くらいアイテムを持っていけるとしたら、と聞き足す。

「え?えっと……ライターと、レトルトカレーと、お鍋と……熊次郎」

 子供の答えに、お気に入りのぬいぐるみも入っていた。

 この質問は一択に絞ると答えは限られるけど、選択肢を増やすと、それはいるの?って答えが出てくるのが面白いよね、と声の主は微笑む。

「熊次郎は、いらないかもしれないけど、いたほうが嬉しいもんっ」

 子供は少しむきになって返した。

 じゃあ、とある星見る子供の話をしましょうか。

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 村はずれには身寄りのない若者が住んでいた。

 彼は畑仕事に関してはあまり熱心ではないが、夜な夜な丘に登っては夢中で夜空を眺めていた。

 空を眺めているだけで腹がふくらむ訳ないだろうに、と村のみんなはいつも眉をひそめて言い、彼と距離を置いていた。

 そんな若者の変人っぷりに好奇心をくすぐられた子供がいた。


 ――ねえ、いつもここで何してるの?

 夜、こっそり家から抜けた子供は、若者のいる丘へ来た。

 星を観ているのさ、と若者は空から目を逸らさないまま答えた。

 ――ふーん、星を見て楽しいの?

 子供も若者の真似をして地べたに座り、どこまでも広がる夜空を見上げてみた。

 一生をかけても数え切れないほどの星があそこにいるんだ、これ以上の楽しみはないよ、と若者は星の光をまぶしたようなキラキラした目で答えた。

 ――でもみな同じに見えるし、飽きないの?

 子供は首をかしげた。

 コツがあるんだ、あそこの木のてっぺんにかかってる星と、左にある三つの星を繋げてごらん、枝に絡んでる蛇に見えないかい、と若者は熱心に指さした。

 ――うわ、ほんとだ!

 子供は声をあげて驚いた。

 それで斜め上に一列に並んでる星があるだろ、それらを繋げて、ちょっと離れた暗い星を足すと、蛇を射る弓になるんだ、と若者は指で空中に絵を描いた。

 ――すっごい!もっといろいろ教えて!


 それまで星は子供にとって、ただ夜道を照らす光でしかなかった。

 若者の話を聞き、夜空は色々な生き物が自由に駆け巡っている別世界になり、まるで宝箱のように感じられた。

 食べ物が少なくて腹をすかせた時は、星を繋げて果物の形を作り、それにかぶりつく自分を想像した。

 悪い獣に襲われてけが人が出た時は、星を繋げて狩人の形を作り、獣がやっつけられる場面を想像した。

 若者は子供のために、星の絵を描いた。夜空と絵を照らし合わせながら、色んな物語を作って、子供を楽しませた。

 毎日のように大変な思いや辛い思いをする中で、それは子供にとってかけがえのないひと時となった。


 ある日、不幸な出来事が起きた。

 野焼きの火が若者の家に燃え移り、炎はすべてを焼き尽くしてしまった。

 火の手が強まる中、若者は周りの村人を振り切って、炎の中に駆け込み、そのまま帰らぬ人となった。

 焼け跡から見つけた若者の遺体は、何かを守るかのように丸まっており、かたく抱きしめられていた腕から、ほぼ無傷の紙の束が出てきた。

 彼が命がけで守ろうとしたものを一目見ようと集まった村人たちは、それは彼が夜な夜な眺め続けた星の描かれた絵に過ぎないことに、一様にがっかりした。

 こんな落書きのために命を落とすなんてばかばかしい、と呆れる人がいた。

 せめて食糧でも守ってくれてりゃ皆も助かるのに、と嘆く人もいた。

 無造作に捨てられた紙を、子供は一枚一枚拾い集めた。

 星は好きだった。若者の話も好きだった。

 それでも、子供は思わずにはいられなかった。

 ――よりも、生きていてほしかった。


 時は流れ、かつての子供は大人になった。

 皆が幸せになれるように、道を見据えて一生懸命進んできた彼は、龍神の力を授かり、その力で悪い獣たちを退治した。

 これから平和が訪れ、豊かな暮らしができることに胸をなでおろしながら、彼は一抹の不安を覚えた。

 生きるための戦いが終わって、何をすればいいんだろう。


 戦場から家に帰り、彼は久々に子供たちに会った。

 ――ねえ、ねえ、父様、面白い話をして!

 甘えてくる子供たちに、彼は戸惑った。戦場での出来事は血なまぐさいものが多く、武勇伝といえども、子供達には聞かせたくなかった。無邪気な我が子らには、きれいなものや、美しいものをいっぱい見せて、まっすぐで健やかに育ってほしかった。


 じゃあ、一緒に星を見ようか。

 言葉は咄嗟に口をついて出た。

 屋根にかかってる星と、左にある三つの星を繋げてごらん、蛇に見えないかい。

 数十年ぶりに見上げた夜空は、昔と何ら変わりはなかった。

 斜め上に一列に並んでる星と、ちょっと離れたあの暗い星を繋げると、蛇を狙う弓になるんだぞ。

 懐かしい声が耳の奥に蘇り、温かい気持ちも一緒に生まれてくる。

 ――本当だ!すごい、すごい!きれいだね!素敵だね!

 子供たちは手を叩いて喜び、もっと聞かせてとせがんだ。

 あの若者が残した星の絵の紙を、まだ探し出せるだろうか、と子供たちと星を見ながら、彼はぼんやり考えた。


 役に立つか立たないかと問われれば、立たないと答える人が多いのかもしれない。

 生きるのに必死な時代に役に立たないものを抱えていくのは、とても難しいことだ。

 それでも、枯野を行く時に花を見ればうれしくなる。夜道を行くときに星明かりを浴びれば幸せになる。

 要不要だけが人の心を動かす時代は過ぎた。

 これからは、夜空の星々のようにちりばめられた素敵な物事に気付き、きらきらを胸いっぱいに抱え、ワクワクした気持ちで道中の景色を楽しめる時代になればいい、と彼は心から願った。


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 そこから築き上げられたのが、美をたしなみ、芸術を大事にする国、囚牛しゅうぎゅうの国だ。囚牛の国は強力な結界を張り、世界を楽しむ余裕を人々に与えた。

 声の主は締めくくった。

「結界で自分たちを守る国って、他人に関心がないのかなって思ってたけど、本当は誰かを守るために生まれた国だったんだね」

 芸術は文明の結晶ともいえる産物だけど、傷つきやすく、壊れやすい。命がかかってる時、それを真っ先に捨てる人もいれば、命に代えても守りたい人もいるんだ。

「じゃあ、一度星空を諦めた子供は捨てる側だったのかな。囚牛の国は、きっとその子が亡くなった若者の気持ちを、もう一度知ろうとして作ったんだね」

 少し感傷的に聞こえる子供の声に、彼は芸術家になれなくとも、最高の理解者になれたに違いない、と声の主は柔らかく言い添えた。 

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