其の二十七・とある姉妹の話(元桑326・狴犴)
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「めめしいってことばがあるじゃない?漢字で書くと『女々しい』って最近知ったけど、女の子はみんな怒っていいと思う」
子供は新たに仕入れた知識について真剣に持論を展開した。
確かに性差が注目される今の時代においては、取り沙汰されそうな問題点は含んでいるね、と声の主はにこやかに相槌を打つ。
「『女々しい』があるなら、『男々しい』ってのもあるのかって検索してみたら本当にあったし、意味が真逆なのもなんか嫌だ」
その言葉が生まれた時代はそういう時代だったというだけのことだよ。それに、そんな言葉に縛られずに、自分らしく生きようとする人は、いつの時代だって、たくさんいる。
じゃあ、とある姉妹のお話をしましょうか。
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とある国の君主に、二人の娘がいた。
二人ともとても美しい娘だが、しとやかな姉はいつも優しい微笑みを湛え、不愛想な妹はいつも周りを観察するように見つめていた。
姉が次の宴会の場で着る服を選び悩んでいる時、妹は不格好な男物の服を着て、修練場で剣を振るっていた。
姉が筆を持ち、秋の美しさを詠む句を綴っている時、妹は収穫のことや、民の暮らしぶりについての質問を講師に繰り出していた。
王家の娘なのに、何故自分の美しさを磨こうとはしないのか、と周りの人たちはため息をつき、君主である二人の父親も、いくら国事に関心があっても、女子では跡継ぎにはなれんのに、と惜しんだ。
周りが妹を変わり者扱いしている中、姉はいつも優しかった。書斎にこもり過ぎて乱れた髪を梳いてあげたり、武術の稽古で汚れた手足を拭いてあげたりした。
よいのではありませんか、私の妹は自分の好きなことをしているわけですから。
王族らしく、度量と寛容さに満ち溢れた言葉だった。
姉妹には、幼い頃から一緒に育った幼馴染がいた。
博識で礼儀正しい彼は将軍家の息子で、成人の日が来れば王家の娘と結婚し、この国を支える重臣の一人になるが、彼はいったい姉妹のどちらを選ぶのか、誰の目にも明白だった。
変わり者の妹より、姉の方がずっと釣り合う、と。
姉は、博識で礼儀正しい彼のことをずっと好いており、彼のそばにいたいと願ってきた。彼に褒められたくて窮屈で息苦しい礼装でも我慢して身にまとい、彼に振り向いてほしくて思いを込めた文をしたため続けた。
しかし、姉よりも妹の方がずっと彼の近くにいた。二人はよく国の未来について論じ合い、修練場で刃を交えることもしばしばだった。
二人の姿を目にするたびに、姉は胸の痛みが大きくなっていくのを感じた。
将軍家の息子の成人の儀が一か月後に控えたある日の夜、事故が起きた。
妹の寝所に置かれていた蠟燭の火が寝台に燃え移り、あっという間に燃え広がった。
異変に気付いた護衛が駆けつけて火を消したが、助け出された妹はひどいやけどを負い、特に顔には、みにくい火傷の跡が残ってしまった。
姉はつきっきりで妹の世話をした。妹を元気づけようと一生懸命振舞っているが、優しい微笑みがいつの間にか翳っていた。
幼馴染も妹の見舞いに訪れた。顔のやけどを目にした彼は息をのみ、つらそうに目を逸らした。
そして気落ちする姉を、彼はそばで支え、励ました。
成人の儀まで数日もないある日、彼は姉を呼び出し、結婚してほしいと申し入れた。
待ち望んでいた言葉のはずだったのに、姉はその言葉に頷くこともできず、その場から逃げ去った。
逃げた足はおのずと妹の部屋へ向き、そして姉の顔色から、賢い妹はすべてを察した。
姉上は、彼のことがずっと好きだったのでしょう、では一緒になるべきです。
妹の言葉に、姉は涙をこぼした。
私はずっと彼を慕っていました。
私よりずっと彼と親しかったあなたを見るたびに、嫉妬せずにはいられませんでした。
妹さえいなければ、私は選ばれるのに、と私がみにくくも実の妹を呪ったから、あなたがこんな目に遭っているに違いないのです。
私のけがは、誰のせいでもありません。ただの不幸な事故です。もし姉上が私を理由に幸せを諦めたら、私こそ悪者になっちゃいますよ。
妹はおどけて見せた。
それだけではありません。
彼に結婚を申し込まれた瞬間、「妹がみにくい顔になったから、私に変えたに違いない」と思ったのです。
私はずっと慕っている方のお言葉すら信じられない人間で、幸せになる資格はありません。
では、本人にその疑いをぶつけてください。答えを知っているのは私ではなく、彼なのですから。
妹は姉の背中を押した。
お妹御は、国の行方を案じる仲間であり、友です。その賢さゆえ疎外されてしまう中、あなた様がどれだけ彼女の助けになっているかずっと見てきました。
常に他人の幸せを願い、自省する心を忘れないあなた様にずっと惹かれていました。
お妹御とは、いずれ国政の場で肩を並べる日が来るかもしれませんが、私が添い遂げたいのはあなた様ただ一人です。
姉に胸の内を打ち明けられた彼は、誠実に答えた。
将軍家の息子は成人の日に、姉と結婚することを宣言した。期待通りの展開に誰もが喜んだ。
なんてめでたい。お似合いの二人だ。
妹の身に起きた不幸な出来事に疑惑の目を向ける者の声もあったが、喜びの声に埋もれ、すぐに聞こえなくなった。
君主であり、姉妹の父親である男は、誰よりも姉の幸せを喜び、妹の不憫さを嘆いた。この小さな娘は、一生そのみにくさに苦しむことになるのだろう、と。
お父様、その為政の道を私に示し、政のことを全部教えてくださいませんか。私は、陰からこの国を支えていきたいのです。
父親の憐みの情を察したかのように、妹は自分の望みを打ち明けた。
女性としての幸せはもう望めないことを分かっていながら、親にこれ以上気を遣わせないような言い方は、聡明さを通り越して、ただただ切なく響いた。
よかろう、わしの知っているすべてをお前に教えよう。
そう娘に伝えた父は、これは娘の幸せになれずとも、慰めになるなら、と心の中で願った。
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父に師事し、その娘はのちのち国一番の知恵者となった。やがて〈叡智の英雄〉へと成長した彼女は、戦を終わらせた立役者の一人となり、見た目のみにくさなど誰も気にしないほど民に愛されるようになったとさ――
声の主は締めくくった。
「姉と将軍の息子のお話に見せかけて、本当は妹の話だったんだね」
こういう仕掛けは結構好き、と子供はご満悦のようだった。
「塞翁が馬」という言葉があるように、不幸に見える出来事が幸せに転じるのもままあることだよ、と声の主は頷いた。
「でも、色んな偶然が重なり過ぎてる気もするし、本当にただの不幸な出来事だったの?」
確信をもって種明かしをねだってくる子供に、はいはい、お望み通りに裏話を明かしますよ、と声の主は苦笑した。
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鍛錬場の陰で、よくこんな囁き声を耳にした。
女の子がチャンバラごっこなんてはしたないわ。
民の暮らしを聞き、詩の先生をいつも困らせた。
そんなことより、もっとご自分の気品をお磨きくださいな。
書斎で夢中に本を読んでいる時、姉が優しく頭を撫でてくれた。
読書が好きなのはわかるけど、綺麗な髪がこんなにぼさぼさになっちゃって、なんだかもったいないわ。
国の政策について主張を述べて説き伏せた幼馴染は、たまに無念そうに自分を見た。
あんたが男子だったら、きっとお父上の自慢になったであろうな。
こんなにお美しいのに、変わっていらっしゃる……
姉に劣らぬ美しさをもっと生かせばよかったのに……
美しさなど興味なかった。もっといろんなことを知り、もっと広い世界を見て、もっとたくさんの可能性を掴みたい。
それが彼女を突き動かす理由で、衝動で、望みだ。
この生を縛り付ける物はいらない。必要ない。
足枷を切り捨てて、もっと前へ進みたい。
蠟燭を手に握った娘は、躊躇わずにその炎を顔を当てた。
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