其の二十八・とある卑怯者の話(元桑333・狴犴)

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 さてお話がここまで進んで、いよいよ英雄となる少年少女たちも出そろってきましたね、一番多く獣たちを倒した双子の〈粛清の英雄〉に、大けがでも立ちどころに治せる〈治癒の英雄〉、弱いものの味方をしてくれる〈正義の英雄〉、そして先を見通して最善策を取る〈叡智の英雄〉――

「ストーップ!まさかこれから英雄たちの獣退治のお話が始まる訳じゃないよね、前にも言ったじゃん、そういう正義が勝つ話は聞き飽きたって」

 にべもない子供の拒否に出ばなをくじかれ、声の主は拍子抜けし、これから波乱万丈な逆転劇が始まるのに……とつぶやくも、

「勝利の話はいらない、負け戦の話をして」

 何がどうしたらこんな捻くれた発想になるんだか、と声の主はため息をこぼしながら、お話のストックを漁った。

 じゃあ、とある卑怯者のお話をしましょうか。

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 戦が長く続く時代があった。

 火花や灰が土に還らず、いつまでも漂い続け、空はずっと淀んだ色をしていた。

 そんな中でも、人々は自分に言い聞かせた。

 戦はいつか終わる。

 やがてその願いを我が使命とし、果敢に戦う五人の戦士が現れた。

 恐ろしい敵を次々となぎ倒し、残る敵将の首を取れば戦が終わるところまで勝ち進んだ。

 勝利は望めないと悟った敵将は、すべてを道連れにする勢いで彼らを待ち構え、彼らも、犠牲を覚悟した。


 決戦前夜、五人の戦士たちはかがり火を囲いながら、好きな食べ物や、親兄弟の話で盛り上がった。明日の決戦に欠かせないおとり作戦で、誰かが命を投げ出さないといけないと分かっているからこそ、平穏なひと時を楽しんだ。

 すると五人のうち、一番の知恵者はふと口を開いた。

 そういえば、子供の時、父から聞かれた質問で、一つだけ正解の分からないものがあった。

 いつも正確に戦況を把握し、策を練って仲間を支えてきた知恵者ですら答えられない質問に、他の四人は興味が湧いた。


 雪山を越える旅人がいた。

 途中で激しい吹雪に襲われ、旅人は山小屋に逃げ込んだ。

 小屋には先客が三人いた。痩せた老人と、壮年の男と、幼い子供。彼らは食料が底をついたと言い、旅人に助けを求めた。

 旅人も手持ちの食料は少なく、その中の一人しか助けることができない。

 あなたはどうする。

 

 かえってくる答えはみな違っていた。


 老人や子供は体が弱い。生き延びる可能性を考えれば、壮年の男を助けるべきだ。

 より少ない犠牲でより大きな勝利を得ることを信条とし、容赦なく敵の命を屠っていく双子の戦士は、声を揃えて答えた。

 

 人は希望や可能性を未来へ引き継いでいく生き物です。一番の可能性を持つ子供を助けるべきです。

 優しい心を持ち、優れた治癒の腕で幾度も仲間を窮地から救った戦士は、迷った末に答えた。


 子供には、世話してくれる大人が必要だから、壮年の男と子供は一緒にいるべきだ。先に老人を救ってから、子供と男を助けに行く。

 どんな逆境にもめげず、自分の信じる正義を貫き通すためなら時に破天荒な行動に出る勇敢な戦士は、確信をもって答えた。

 

 誰が正しいのか、とみなは視線を知恵者に向けたが、父は結局正解を教えてくれなかったよ、と本人は肩をすくめて見せ、

 ――君はどう思う?

 と少し離れた場所にいる侍従に話しかけた。

 その侍従は腕の立つ鍛冶師で、戦士たちに同行し、武器の鍛造や手入れを行ったり、道案内人として働いているが、戦い方を知らない普通の人だった。

 突然話を振られた彼は、ちょっと困った笑みを浮かべた。


 皆さんは、どうして自分が物語の中の旅人だと思うのですか。

 質問は「あなたはどうしますか」で、「もしあなたが旅人なら」という条件は、どこにもないのに。


 えっ、だってそういう質問だろ、と戦士たちは侍従の問いに戸惑いの表情を見せた。


 皆さんは、きっとだれかを救う力を持っているから、自分が旅人だと仮定して答えるのでしょう。

 私には旅人の選択は分かりませんが、あの三人が取る行動なら分かる気がします。

 もし私が老人なら、自分の息子や孫かもしれない人が助かるために、こっそり吹雪の中へ踏み込みます。

 もし私が壮年の男なら、子供を旅人に託して、老人と最期を共にします。

 もし私が子供なら、必ず迎えに来てねと男に生きる呪縛をかけ、彼を送り出します。

 それが私たちの日常で繰り返される選択ですから。

 

 翌日、侍従はおとり役を買って出た。

 じきに終わる戦にもはや鍛冶師がいる必要はなく、戦士たちは常に侍従を守って戦ってきたため、別行動をとることはないと敵は思い込んでいる。何よりも、恐ろしい力を持つ敵将に打ち勝つためには、戦士たち全員の力が必要だった。


 最終決戦は、五人の戦士の勝利で幕を閉じ、彼らは人々から英雄と讃えられ、歴史に名を刻んだ。

 

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 こうして、二十年にわたる大戦はいよいよ終焉を迎え、人々は英雄たちが一人も欠けずに凱旋したことを喜んだが、彼らは言う。英雄は、六人いたと――

 声の主は語り終えた。

「それでも、卑怯者呼ばわりするはよくないと思う」

 きっと本人にとってもつらい選択だっただろうから、と子供はつぶやいた。

 じゃあ、久々に蛇足の後日談でも語るとしましょうか。

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 山小屋のお話は、侍従が犠牲になるのを促すために、わざと語って聞かせたのではないか。

 戦が終わった後、知恵者を訪ねた一人の戦士はこう問いただした。


 我々の国では、法が細部まで届き、裁判の場では、多くの陪審員もいる。

 正義を布くだけなら、裁判官一人だけで十分なのに、何故陪審員がいると思う。

 知恵者は聞き返す。


 問題をすり替えるな、卑怯だぞ。

 戦士は眉をひそめた。


 人の命を天秤にかける行為は、正義であっても罪悪感が伴うものだ。裁判官の重荷を分かち合うために陪審員がいる。自分だけで下した結論ではない、同意してくれる人がこんなにもいると思うだけで、心が救われるものなんだよ。

 私は卑怯者で、彼に死んでこいと直接伝えられないから、君たちみんなの前でそれを語った。

 これで五人は共犯者だ、と知恵者は口端を釣り上げて笑った。

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