其の二十五・とある落とし子の話(元桑323・螭吻)
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「なんかさらっと英雄たちが獣たちとの戦いを終わらせたみたいな話をしてたけど、それってものすごくネタバレじゃない」
子供は頬を膨らませて言った。
まあ、戦物語が中盤に差し掛かれば、そろそろ救世主的なポジションの人物が登場してきていい頃合いだと思わないかい、と声の主は事もなげに詰問をかわそうとした。
「前にも言ったけど、英雄たちの武勇伝とか、かっこいい退治話とか、そんなありきたりで退屈な話は嫌だからね」
子供は強く念を押した。
普通は勇ましくてかっこいいお話のほうがウケると思うけどね、と声の主は苦笑しながらつぶやいた。
じゃあ、とある落とし子のお話をしましょうか。
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その子供は、都の足元に広がる町で母親と二人で暮らしていた。
九歳の時、母親が病死し、子供は官服を着た大人に手を引かれて都に入った。
あなたの父親はこの国で一番偉い王様だと告げられた子供は、その日から、豪奢な宮殿の中で暮らすことになった。
この国の王と王后の間には子供が二人いたが、二人とも国を守るために戦で命を落とした。
戦況が好転しない中、新しい後継ぎが生まれてくる気配もないまま、王族の血筋が絶えてしまうのではないか、と心配した臣下たちは手を尽くし、落とし子に辿り着き、次の王に育てるべきく、宮殿へ迎え入れたのだ。
子供はけがを治す能力を持っていたが、それは王家の血筋による力で、みだりに使ってはいけない、と周りの大人たちは彼に言い聞かせた。
ある日、一人で宮中をぶらぶらしている子供は、使用人がひどい折檻をされている場面に遭遇した。
使用人は調理場から高価な食器を盗んだらしく、数人に囲まれ、足蹴にされていた。
子供は物陰に隠れ、使用人を殴り続けた人たちが去ってから、地面に伏せたまま気を失った使用人の手を取った。
使用人が目を覚まし、ぼろぼろになったはずの体がきれいに治っていることに気付き、困惑した。
どうして、私のような下賤な人を助けようとなさるのですか。
貧相なみなりをした使用人は、普段からまともに話し相手がいないのか、ぼそぼそとした暗い声で聞いた。
けがをしている人は、助けるよ。
母親似の子供は、綺麗に整った顔立ちをしている。
私は王家の物を盗もうとした泥棒です。あなた様は自分の家に上がり込んだ野盗でもお救いになるのですか。
使用人はおかしそうに肩を揺らしながら言った。
あなたは泥棒で、物を盗んだ罰にせっかんされた。私がけがを治したのとは別の話じゃないの?
子供は不思議そうに首を傾げた。
さすが次期王様、薄汚れた人間にも寛大ですね。
使用人は唇をゆがめて笑った。
子供は語った。
私はここに入るまでずっと町でお母さんと二人で暮らしてた。
おなかが空いて食べ物を盗む子供も、ひもじくて他人の服を奪う大人もたくさんいた。
家の近くの酒場にね、いつも入り浸ってる片目のおじさんがいた。他の客からお金を盗んだり、すぐ喧嘩して手が出たりで、皆に嫌われてた。
でも、町に獣が入ってきて子供を襲った時、皆が逃げる中、おじさんだけ命がけでその獣に立ち向かって、子供を助け出したんだ。
大けがをして命が危ないのに、子供が助かったと聞いたおじさんは嬉しそうに笑った。
昔、体の弱い次男の病気を治すために長女を売り飛ばしたことをずっと後悔していて、子供だけは死なせたくないって。助けられてよかったって、笑いながら泣いてた。
だからかな、どうしても思ってしまうんだ。
悪いことをしても生きられる世界がいいなあって。
そのおじさんはその後どうなったの。
使用人は聞いた。
自分の命で娘を買い戻せるならこのまま死なせてくれって、意識朦朧のまま駄々をこねてたけど、治しちゃった。
これは私のわがままだけど、治せる人は、頑張って治したいから、と子供は花を咲かせるような美しい笑顔で言った。
父を助けてくださり、ありがとうございます……
両手で顔を覆った使用人の女の指の隙間から、涙がとめどなく流れ出ていた。
子供が十一歳になった年、王と王后の間に新たに子が生まれ、そのまま五年の月日が流れていった。
正当な継承者である子は、待望の跡継ぎということもあり、甘やかされて育ち、短気で怒りっぽく、いつも理不尽なわがままで使用人たちを振り回していた。
それに対し、落とし子は聡明で礼儀正しい少年に成長し、類稀な才能と人柄で人望を集めた。
どちらが玉座に相応しいかの議論が水面下で交わされる中、事件が起きた。
王后の側使の一人が、寝ている幼い子供をくびり殺そうとした。
もともと雑用係の下女に過ぎなかった彼女は、ひょんなことから落とし子に助けられ、彼の狂熱的な支持者となったらしい。
何年もの時間をかけてのし上がり、王后の信頼までかち得たのは、ひとえに彼を玉座に据えたい願望によるものだった。
あの方こそ、私たちの国を、私たち一人一人を救える王様に相応しいのです!
彼女は処刑される最後の瞬間まで、そう叫び続けていた。
落とし子を擁護する人は依然と多いが、弑逆未遂事件の首謀者ではないかという疑念は拭えず、継承者を巡る対立は激化の一途を辿った。
その中、落とし子の少年は、父である王に出征することを請願し、戦場に出た。
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少年は戦場でたくさんの人を助け、やがて〈治癒の英雄〉として名を馳せ、仲間と共に二十年にわたる長い戦に終止符を打った――
声の主は締めくくった。
「戦が終わったら、彼はどこへ行くのだろう」
子供は聞いた。
英雄の凱旋ともなれば、玉座はほぼ確実に彼のものになるだろうね、と声の主は言った。
「死にたいおじさんを助けたり、自分にいじわる言って使用人を助けたり、勝手に戦場に行くと決めたり……治癒の英雄って、思ったほどやさしい人間じゃなくて、結構勝手気ままな性格じゃない?」
だから、ルールやしきたりで縛り付けてくる王宮には、きっと戻る気はないよ、と子供はひとりでに納得した。
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