其の三十一・とある師弟の話(元桑335・負屓)
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「結局<裏切りの英雄>の正体は、正義の英雄だったのか、あの使者だったのか分からないまま大戦のお話が終わっちゃったね」
私が君に教えられるのは私が知っている可能性に過ぎず、真実を断定することはできない。それに、史実でもお話でも、所詮は解釈一つですべてが覆されたり、裏返ったりするものなんだ。
声の主は肩をすくめながら返した。
「どちらにしても、
戦上手の人間は確かに少なかったけど、彼らは鍛冶の腕で陰から戦いを支えていたんだ。
じゃあ、とある師弟のお話をしましょうか。
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国土の大半を森に覆われた負屓の国には、他の国ではめったに見かけない動植物がたくさんあり、とりわけ珍しいのは『
骸鳥はその名の通り、動物の死体をむさぼる鳥で、気性が荒い上に賢く、他種の鳥を従えて人を襲うことすらあるため、居着かれる前に駆除するのが他国の常識だが、負屓の国は違った。
鳥の王様である骸鳥は一度に必ず二枚のタマゴを生み、その瞬間からひなの競争が始まる。先に殻を破ったひなは、まだ殻から出ていない兄弟を巣から落として殺し、親鳥の愛情を独占する。
鳥の頂点に立つ自分にとって、一番の脅威は同じ力を持つ相手だけだ、と骸鳥は本能的に知っている。
負屓の人は、骸鳥のひなが殻を破る前に、片方のタマゴを取りあげ、人の手で孵し、育てる。人に育てられた骸鳥は人を襲うことはなく、畑を荒らす小動物を食べる番人になる。
野生の骸鳥も、同類の存在を察知すると、互いの縄張りを侵さないように行動する。その結果、人と骸鳥が共存する空間が生まれる。
負屓の国の鍛冶師のもとで修行している青年がいた。
彼は幼いころ親に捨てられ、鍛冶師に拾われてこの国へやってきた。
親代わりになった鍛冶師は、彼のことを実の息子と同じように扱い、鍛冶師の息子も、彼のことを弟のように可愛がった。
炉に踊る炎やその前で腕を振るう鍛冶師の親子の姿を見て育った彼が弟子入りするのも、ごく自然な流れだった。
師である鍛冶師の腕は負屓の国において右に出る者がおらず、その息子も将来は父親さえ追い越すだろうと言われるほどの才能を持っていた。彼はそんな二人を尊敬し、一家の名に恥じない鍛冶師になるために腕を磨いた。
彼が十五歳になった年に、六国を巻き込んだ大きな戦が始まった。
長く続く戦によって、彼は師に劣らない鍛冶の業を手に入れ、武器を提供するために前線へ赴いた兄弟子を失った。
平和な時代は再び訪れたが、慕っていた家族は二度と帰ってこなかった。
終戦と共に、隣国の使者が鍛冶師の家を訪ね、ぜひ六国に名を馳せた鍛冶師に、平和を象徴する至宝の剣を鍛えて欲しい、と願い出た。
鍛冶師はそれを承諾した。
渡されたのは、英雄たちが戦で勝ち取った龍神のウロコだった。
神の力が宿るそれはひとかけらとはいえ、人が簡単に御しきれるものではなかった。
鍛冶師は巨大すぎる力を秘めたウロコを二つに割り、二振りの剣を鋳ることにした。一振りは自分で、一振りは弟子である青年に鋳るよう命じた。
兄弟子亡き今、青年以上の腕を持つ弟子はいなかった。
青年の胸には、洪水のように渦巻く思いが去来した。
腕を認められたことへの感激と、重すぎる大任がのしかかる息苦しさ。
後ろ姿ばかり追いかけた二人への尊敬と、堂々と肩を並べて進みたい渇望。
慕っていた兄弟子を奪った戦への憎しみと、眩しすぎた才能の光が消えた解放感。
本物の家族のように過ごした日々の愛おしさと、自分だけ異国の血が流れている事実の切なさ。
飽きなく養分を吸収し、成長し続ける己の前向きさと、吸収したものを消化しきれず、暗い情念をためこむ己の後ろめたさ。
――それらすべての思いを抱えて進む覚悟で、青年は一振りの剣を鍛え上げた。
二振りの剣が完成した日。
弟子は師の作で息を吞み、師は弟子の作で目を見張った。
師の鋳た剣は荒々しくも厳かな迫力を放ち、光をもたらす烈火のような一振りで、弟子の鋳た剣は繊細な作りに涼やかな冷気を湛え、温もりを吸い込む
同じ門派から生まれたとは思えないほど真逆な二振りなのに、並び立つと互いが互いの片割れであることが一目で分かってしまう。
合わさる双璧の宝剣に、龍神の鼓動が伝わるようだった。
鍛冶師は長い間双剣を見つめ続け、やがて青年を振り返り、告げた。
なぜこんなものを鋳た。これは、負屓の国らしくない出来だ。やはりお前は負屓の人間にはなれない。
今日からお前は破門だ。その失敗作を持って国へ帰りなさい。
数日後国境近くの町で、凶事の知らせが出立した青年の耳に届いた。
隣国の依頼で剣を鋳た国一番の鍛冶師は、剣の持つ力に惑わされ、受け渡しを拒んだあげく、隣国の国王を刺殺しようと失敗し、門下生全員を巻き込んで死刑に処された。
弟子をいつくしみ、育て上げ、すべてを与えてからなにもかも取り上げた師の最期は、こんなものだったのか、と青年が顔をあげ、空を仰ぎ見た。
そこには、一羽の骸鳥が大きな翼を広げて飛んでいた。
師から初めて骸鳥の話を聞かされた時、まだ少年だった弟子は大変珍しがった。彼は異国の出身で、ずっと骸鳥は殺さなければならない存在だと思い込んでいた。
毒を以て毒を制す、ですね。
しかし弟子の感想に、師は微笑みながら首を振った。
骸鳥は鳥達の秩序を保たせる王様で、いてもらったほうが森が整うのだ。ただ、王の座は骸鳥を孤独にしてしまう。王でいられるために兄弟を殺し、人を襲い、やがて自滅してしまう。
同じ力を持つ仲間――好敵手でもいいが――は、唯一無二という毒を制する薬なのだ。
青年は少しだけ立ち止まり、上空を旋回する骸鳥を見つめた。
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青年の兄弟子こそが、英雄たちと共に行動し、最後の戦で命をなげうった鍛冶師だったが、悲しいことに、彼の父も、可愛がっていた血のつながりのない家族も、不幸な結末を迎えてしまった――
と声の主は締めくくった。
……骸鳥って、きっと生かす方がずっと難しいのに、そっちを選ぶ負屓の国の人はすごいね。
自身が生き延びることを選択するのが強者なら、多くを生かすことを選択するのが弱者かもしれない、と声の主は言い添えた。
青年は何者だったんだろ、と子供は首を傾げた。
剣の行方ではなく、青年が気になるのかい、と声の主は聞いた。
骸鳥のタマゴのお話って、たとえ話の役割を担っているよね。失敗作と言いながら託された片割れの剣がタマゴのようにも受け取れるけど。親と引き離された子供。その子こそ、片方のタマゴだったのかもしれない。
実際はどうなの、と子供は改めて声の主に聞いた。
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