第二十話 種も仕掛けもございません

「いっっっやあああああああああ!」

 甲高い悲鳴で跳ね起きた。声は階上から。飛鳥だ。

 ぼさぼさの髪、よれた寝間着を気にする余裕はない。、同じく飛び起きてきた真弓と顔を見合わせ、階段をかけ上がる。

「どうしたんだ!飛鳥」

「緊急事態っぽいので上がりますよ!」

 だだだだだと騒音を立て、階段から一番離れた和室の襖に手をかける。

「あけるぞ!」

 返答はない。ためらいもせず、スパンと開け放つ。

 室内は、布団をかぶって怖気づいている飛鳥と、やたらめったらにふわふわふよふよと浮き上がっている衣服、ぬいぐるみ、クッションの類。

「…………は?」

 思考が完全に止まる。

「――――――――新手のポルターガイストかなにかですかね」

 真弓の冷静な分析に、文貴は我に返った。

「だよなあ、心霊現象だよな、種も仕掛けもなさそうだし」

 目をこらしてみても、ぶら下げている糸などは見当たらない。くすくすと笑うように、飛鳥のパーカーが一回転宙返りをした。

「そんなのどうでもいいの!これ!なんとかしてよ!怖すぎなんですけど!」

 すでに半泣きになっている。彼女の期待にこたえたいものの、どうにかできる力は持ち合わせていない。

「ん~飛鳥ちゃんなに~?ゴキブリでも出たの~?」

 和室と洋室を隔てている襖を開け、姿を現したのは雪野だ。チュニックタイプのパイル地パジャマを着て、肩まで伸びている髪はぼさぼさ。目はしょぼしょぼとしている。

「見てわからないんですかっ!」

 恐怖しながらも反論する元気のある飛鳥は大物だ。

 雪野は傷ついたようなそぶりも見せず、あくびをかみ殺したあとは薄目を開ける。

「ああ、ポルターガイスト」

 反応も鈍い。

「じゃあ伊織ちゃんに頼むしかないよね~」

 新たに登場した雪野にポルターガイストが特に反応を示さなかったからか。静観の構えときた。

「あ、あの、なんとか、できるんですか?」

「伊織ちゃんなら。お願いしてみたら?」

 正論中の正論。解決方法はほかにない。

 飛鳥はちらりと真弓や文貴に助けを求めるような視線を向けてくる。

 雪野は代わりに伊織を呼びに行くつもりはないらしい。

 かといって文貴や真弓が呼びに行くのも、また違う気がした。

「飛鳥さん」

 真弓が部屋へと踏み入った。クッションがぶつかり、パーカーからチョップを繰り出されても、真弓はまっすぐに布団の塊に向かっていく。

 ばさりと掛布団を取り去り、一言。

「一緒に伊織さんにお願いしに行こう」

 差し出された手を、飛鳥はとった。

「あ、足に力、入らなくて……」

「じゃあ、抱えるね」

 飛鳥が何か言う前に、真弓はひょいと抱え上げた。

 いわゆるお姫様だっこ。

 文貴は目を点にしながら、進路を譲る。

「……ほら、伊織さんには飛鳥さんからお願いして」

 廊下にゆっくりとおろされて、飛鳥はぺたりと座り込んだ。

「…………すみません、ポルターガイスト、部屋に出ました。お願いします。助けてください」

 伊織の部屋から、返答はなかった。

「……やっぱり、態度悪かったあたしのこと、嫌ですよね」

 扉が開く。伊織は呪具のようなものを持ち、準備を整えていた。

「私の出番ということですか」

「……お願いします」

「わかりました」

 伊織は無表情で和室へと向かう。部屋へ入る前に一度、振り返る。

「祓うことが成功したら、私の認識を改めてもらえると嬉しいです」

 そして伊織はものの見事に、飛鳥の部屋の騒ぎを収めたのだった。




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