第四話 見えない僕
突撃しながら、玄関のドアを開ける。
なにかを突き飛ばした手応えがあった。
「あいたっ!」
焦げ臭いにおい。
白い気体にぼや。
黒ずくめの人間が尻もちをついていた。
間違いない。さっきの宗教勧誘者だ。
近くには100均の使い捨てライターが落ちている。
喫煙者はこの家にいない。
――放火か。
身体があつくなる。一歩間違えば殺人だ。
ただのカルト。
「おまえ、一体なんのつもりだ!」
どこかの会社から、ご縁がなかったと婉曲的に断られるのはまだ耐えられる。
けれど、こんなふうに、理由もなく命を奪われる対象となるのは願い下げだ。
「それは……早く、この家から、出てほしくて……」
「地上屋のつもりかよ!」
見ず知らずの相手の胸ぐらをつかむ。
どこにこんな力があったのかと思うくらい。
生きたい、あるいはこの家を失いたくないという気持ちが沸き上がっていた。
「それは違います!こんな霊障がある家に、普通に住んでるのがおかしいから……」
「霊障……?」
そんなまさか。
雪野さんの冗談だと思っていたのに。
本当に、本当に。
「気づいてなかったんですか?」
幽霊が、いるっていうのか。
――――ドオン。
二階で騒々しい音がする。
家具が倒れたなんてレベルじゃない。
木っ端微塵になったような。
「まずい!」
「雪野さん!!」
彼女がまだ、部屋にいるはずだった。確かに窓から様子をうかがっているはずで、その証拠に、カーテンが衝撃でたなびいて。
あいていた窓からヒトガタのなにかが落ちてきた。
まるで、投げ出されたように。
死ぬ。
しぬ。
殺される。
ころす、殺す、コロス。
――自身の判断ミスで。
「おぇ……」
「間に合え!」
胸がむかついて、立っていられない。
なにもできない。
一方で、放火犯はなにかを為そうとしている。
いやなおとはしなかった。
どさりとなにかが落ちた音だけ。
「……………」
「……………」
「………………ったあー」
聞き慣れた声が、まったく変わらないゆるさで庭から。
――生きてる。
殺してない。誰も、殺されてない。
「雪野さん、無事ですか!?」
「無事なわけないでしょ、二階から落ちたんだから」
ねっころがったまま、彼女は返事をする。
それでもむくっと起き上がり、ぱんぱんと服についた土をはらった。
「……助けてくれたことにはお礼を言います。でも、どちらさま?」
笑顔の裏には、圧がある。
そしてこちらを一瞥した。
「知り合い、じゃないみたいだし」
「申し遅れました。ただのフリーの霊能力者です」
突っ込みどころはある。
「いや、うさんくさいから」
「信じますよ」
「うえっ!?」
こちらの発言にかぶせるように、雪野はあっさり警戒を解いた。
「そうじゃないと、私はこうやって話せてないでしょう?」
にっこり笑う彼女には、まるでわからない。
「話が早くて助かります。一刻も早く除霊を――」
「お断りします」
「はっ?」
今度は自称霊能力者が素っ頓狂な声をあげる番だった。
「私、ずっと待ってたんですよ、この事故物件で、あなたみたいな人が来るのを。確かめたいことがあったから、本物を、ずっと待ってた」
ぞくりとする。
背筋が冷たい。
知っている人なのに、見知らぬ誰か。
「今悪さをしているのは、私に憑いている霊ですか?」
まっすぐな目が、冗談なんかじゃないことを物語っている。
霊能力者の目が閉じられる。
「いいえ。……いいえ」
見えない人間にとっては、無言の会話でさえも、蚊帳の外だ。
「……ありがとうございます」
「質問には答えました。なんといわれても仕事に入りますよ。これ以上、この家に憑いたものに、悪さをさせるわけにはいきませんから」
タイミングよく、どごんとなにかが大暴れしている破壊音。
家の中の惨憺さたるや。
「はい、お願いします。この家の幽霊には、興味ありませんから。どうぞ遠慮なく」
「それでは、土足で失礼しますね」
返事を訊かず、一人がずんずんと家へと入っていく。
後には、シェアハウスのメンバー2人が残された。
「雪野さん」
「なに?」
「幽霊、興味あったんですか?」
焦げ臭いにおいがする。
一瞬で、二階から赤い光が降り注ぐ。
夕焼けみたいに、あるいは火の粉。
燃えさかっているような家を見て、それでも彼女は笑っていた。
「詮索はしない。それがこの家のルールでしょ?」
得体の知れなさを感じても、自身に火の粉が降りかからなければ、知らないふりをするに限る。
なぜなら自分にここ以外の寄るべがないから。
行くところなんてないから。
さまよえるオランダ人。
いや。
「わかってます」
どこにもいけない。
とまった人間。
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