断章 夢を見ていた日(1)
コップの中身は空だった。
個包装のチョコレート菓子は、空の袋と、まだ中身のあるものが散らばっていた。
鞄は部屋の隅にある。
家の中は静か。
抱きしめられていて、さっきまで鳴っていたはずの音楽も再生を終えてしまった。
初めて抱きしめられた。
包み込まれている。安心できるものに。
優しい存在に。
愛する人に。
そして口づけ。
触れ合うだけのキスをした。
最初はこわごわと。
次に何回も。
相手の息が荒くなって、かみつくような、キスをした。
嬉しかった、うれしかった。
そっと手を伸ばされて、布越しに胸へと触れた。
知らない場所に行く。
わからないことばかりだけれど、この人となら大丈夫。
指が動く。
「ふっ……!」
声が漏れる。慌てて唇を噛む。
「大丈夫、誰もいないから」
「今日、うち、来る?」
十代のときだった。付き合っていた交際相手の家に誘われたのは。
天気は晴れていて、視界は良好。心は混乱。
爆弾発言がくるまでにしていた、二人並んで歩くことだけ、続けていた。
少しだけ足音だけの時間があった。
前だけを見て、遅くも早くもならずに進んでいた。
「……でも、迷惑じゃない?」
やっとのことで口にして、隣を盗み見た。
恋人は、耳まで真っ赤にしながらも
「今日、親、遅いから」
と、別の意味を持つ言葉を返した。
『月がきれいですね』のような、恋人同士の様式美。
何を意味するのかなんて、聞くほど野暮でも、子供でもない。
心臓がうるさかった。よくわからない期待と不安と。
「嫌って言ったら、やめてくれる?」
足音が止まったことには、数歩歩いてから気づいた。
振りかえると、ゆっくりとうなずく姿があった。
そして私の手をとって、駆け出した。
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