第三話 視える彼女
「いっただっきまーす!」
髪を適当におろし、よれたジャージを着た姿は二十歳に見えないこともない。
さっそくカレーを食べ始めている姿を見て、文貴はため息をついた。
「食べないの?まさか毒でも盛った?」
「なにも盛ってないですしちゃんと食べます」
「ふーん、ならいいけど。……あ!牛肉だ~珍しー!」
美味しそうに頬張る姿に、文貴としても頬が緩む。
「家計任せてもらえたんで、やりくりしたら買えました」
「すっごいね、専業主夫なれるよ」
それはきっと、褒め言葉。
しかし人生を共にするパートナーが決まっているわけではない。
「できたら家事もこなせる会社員がいいんですけどね」
「まあこればっかりは縁だからねえ~」
「そんなもんっすか」
食事が胃袋に納められていく。文貴たちは、食事を共にしても、明日には忘れるような会話に終始する。
お互いの話はしない。
二人が黙っても、つけっぱなしにしているラジオが静寂を破ってくれる。
文貴は家事労働を提供し、雪野は生活費と住居を提供する。
ビジネスライクな助け合いのルームシェア。
それ以上でも以下でもない。
「そうそう、しばらくさ、共用スペースで一緒に寝てもらってもいい?」
ニンジンを吹き出しそうになる。
就寝場所は互いの個室だ。
「どういう意味ですか」
「部屋に出るから1人で寝たくなくて」
「じゃあ共用スペースに布団敷いて寝てくださいよ、1人で」
「怖いじゃん」
「電気つけっぱなしでラジオつけてたら大丈夫です」
「もうっ!文ちゃんは見えないからってそういうこと言う!」
「俺を道連れにしないでください」
自称、霊感がある雪野里見は、出ると言われる事故物件に住んでいる。家主でもある。
とは言っても、文貴からしたら狂言以外のなにものでもない。
同じ家に住んでいて、見えないのに信じろというほうがどうかしている。
ここから叩き出されたらホームレスになるので、ひとまず話は合わせておく。が、さすがに一緒の部屋で眠るのは勘弁願いたい。
「ドイヒー」
無視。
「文ちゃんの冷血漢」
黙殺。
「ピーでピーでピーーーーーな人」
ほぼ放送禁止用語の音声の物真似。
「そこのピーになに入れたんですか」
「え、聞きたい?」
「遠慮します。ごちそうさまでした。食べ終わったら流しにつけておいといてください。洗いますから――」
ピン、ポーン。
チャイムが鳴った。
「文ちゃん出てー」
「家主は雪野さんでしょ?」
「変な人だったら男の人の声聞いたら諦めるかもしれないし」
面倒くさいことは嫌いだ。
けれども判断ミスで後々尾を引くような事を引き起こすのはもっと嫌いだ。
「……わかりました!」
しぶしぶながら、インターホンの応答ボタンを押す。
カメラに人が写し出された。
第一印象。キャラクター性はまったくない服装。同じくらいの年代。
「はい」
配送業者ではない。
かといって自治会などでもない。
新聞や放送の料金徴収?いや。
「あの、あなたは霊を信じますか?」
…………そっちか。
「間に合ってます」
ピッ。
ボタンを押して強制切断。
霊なんているわけがない。
「文ちゃん、なんだったー?」
「宗教の勧誘です。断っときました」
「ありがとー」
スピリチュアル系は、否定はしない。信じたい人は信じればいい。
ただし、信仰を人に強いるな。
霊なんてただのフィクション、あるいは科学現象の見間違い。
「で、一緒に寝てくれるよね?」
「お断りします」
「いやいや冷たいこと言わないでさあ」
ドサドサドサドサバッターン!
けたたましい音がした。
二階からだ。
一難去ってまた一難。
「………………」
「……雪野さんの部屋からみたいですけど」
「一緒にきてもらっていい?布団も下ろしたいし」
「わかりました」
先導されて二階へと上がる。
ルームシェアといっても他に住人はいない。
だからあんな、なにかが崩れた音がするとしたら、泥棒が入ったか。
「うわ………………」
積み上げた荷物がなだれたか、だ。
洋室に置かれていた五段の本棚が倒れており、本やインテリア小物が散らばっている。
「床見えないですね」
「ほらー、やっぱ出るんだって」
文貴は黙ってスマホをタップする。
「震度1の地震があったみたいですよ」
「震源地この部屋だけかって被害じゃん」
「で、俺がやるのは布団下ろすことでしたね」
ベッドに近づこうとすると、靴下がざらざらしたものを踏みつける。
しかめっ面、意図せず。
「なんです?これ」
一面のざらざら。部屋を枯山水にしているわけじゃあるまいし。
「バスソルト。インテリアと霊避けを兼ねて」
飾っていたものが落ちて割れて散らばったと。つまりは盛大な事故だ。
「掃除は任せましたよ」
「えー、手伝ってよ」
「1人でやってくださいよ25歳児」
延々と続くようなやりとり。
しかし、彼女の反撃はなかった。
わかってくれた、わけではない。
「ねえ、カレーの火、つけっぱなしだった?」
「まさか、切ってますよ。カレーの匂いそんなします?」
鼻をひくつかせても、カレーではないなにかの香りしか感じなかった。
例えば床にまかれた香り付きバスソルト。
それにしては。
「……なんか、焦げ臭い」
すべてが一本に繋がった。
「雪野さん、警察呼んで!あと窓開けて周りに変なやついないか見て!」
階段をかけ降りる。
冗談じゃない。
勧誘を断られたからって、放火紛いのことをするなんて。この世では、生きてる人間のほうが得体がしれないじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます