第二話 無い内定な僕

 大学4年、後期の成績発表で、龍野文貴は絶望していた。

 落とした単位数は0。

 卒業に必要なのは124単位。単位数は問題なく満たしている。

「落とし忘れるのを忘れた……」

 履修システム画面を映したパソコン前でフリーズすること十数分。

 部屋が真っ暗になってもスイッチはつけなかった。

 卒業式はもう目前。なのに未だに無い内定。このままだと下宿を出て実家に帰らないといけない。無職で。

 それだけは、いやだった。

 ふらふらと、リクルートスーツのままコンビニへ向かう。

 節約のために自炊する気力もない。

 外気温にさらされるのも平気だった。

 このまま風邪でもひいてしまえば、一旦はなにもかもストップする。

 それなのに足はコンビニへ向かってせき立てるし、目に飛び込んできてついで買いをしてしまったのはあたたかそうなおでんだ。

 自動ドアの音とともに、ビニール袋を下げて、また寒い世界へ戻る。

 なぜ自分が生きているのか、分からないままに。

「そんな薄着だと風邪引きますよ」

 聞き覚えがあるような気がして、振り返る。

 黒いコートにチェックのマフラーをまいた女性が、微笑んでいた。紛れもなく文貴に向かって。

「………………」

 目をこすってみた。

 幻覚なんかじゃない。

 彼女もコンビニの袋を下げているからだ。

 ただしコンビニの客という一風景から、得体の知れない誰かという謎の人物へクラスチェンジしている。

「あとこれ、落としましたよ」

 細身の手袋越しに渡されたのは、学生証だった。

 ただの親切な通りすがりの人。

「ありがとう、ございます」

「海卯大学なら、休学も他より安くできるから、卒業延期して就職活動に専念するのもありなんじゃないかな、って私は思います」

 一瞬で距離をとる。

 エスパーか、いや。

「ストーカーですか?」

「学生証からの推測です。大学名に、入学年月日。生年月日も書いているから。――順当に行けば卒業年度。でもくたびれたスーツを着て元気がなさそうだから、就職先決まってたのに単位落とした学生というよりは、就職決まってない学生さんかなって思って。……当たってますか?」

 大当たりだ。

 だからこそ、関わりたくない。下手をすれば、学生証を拾ったのも嘘で、スってなにくわぬ顔で返し、話しかけるとっかかりとした可能性もある。

 答える義理などあるものか。無言でその場を後にする。

「龍野文貴くん」

 フルネームまで呼ばれたら、立ち止まらないわけにはいかない。

「助かりたくないんですか?」

 意味がわからなかった。

「わたし、親戚から遺産相続したんです。1人で住むにはちょっと広い感じの、一軒家。あなたが望むなら、ルームシェアしましょう。個室はあります。家賃はいりません」

 そんなうまい話、どうして転がっているのだろう。

「俺になにを望んでいるんですか」

「生きてること」

「………………」

「別に、闇の仕事しろとか、えっちなことしろとかいいません。ただ普通に就職活動して、できたらバイトをして、家事をやってくれたらいいです」

「そんなできすぎた話」

「ぶっちゃけると事故物件な家に1人でいたくないんですよね、悪い話じゃないと思いますけど?」

 いい話ではない。

 けれども悪い話でもない。

 なるようになれ。

 そんなやけっぱち。

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