露出狂な彼女、不感症の僕
香枝ゆき
第一章 彼女が露出する理由
第一話 露出狂な彼女
「かいっ、ほーぅ、かぁーん!」
シャツ、スラックス、靴下が宙に舞う。
通勤バッグはフローリングの床をすべり、服を着ていた人間はソファに勢いよくダイブした。3人がけのソファはばふんと音をたて、背もたれ部分にかけていた鮮やかな布が落ちる。
飛び込みはソファの寿命が縮むからやめろといっているのに。
でもまあ、ここまでは想像できた範囲内だ。
「はいはい、そうでしょうね、解放感あるでしょうね」
なにをいっても聞かないだろう。ソファの主にはおざなりな対応をして、薄い色のチェストに近づいていく。
ここにはタオル類がまとめて収納してあるのだ。
「一緒に脱ごうよ」
クッションから顔を上げて、露出狂はさらりと誘う。
三段目の引き出しを開ける。
ガン無視をするも視線が痛い。
いったいなんの青年誌から台詞やシチュエーションを引っ張ってきた。
「脱ぎませんよ」
「つれないなー」
「とりあえず服を着てください。ここ、どこだかわかってます?」
「自分の家」
あ、うん、嘘は言ってない。でも。
「俺の!家でもあるんです!」
振り返ると肌色が見えた。
女性特有の曲線が、自分の身体とはまるで違う。
視界に入れつつも、注視しないようにした。
「シェアハウスだから私たちの家だよ」
「確かにそうですがここは共有スペースです!他人もいるのに真っ裸になるのはいいかげんやめてください!」
「他人の趣味に口を出さないのは」
「この家のルールですが俺は男であなたは女性なんですよわかってます!?」
バスタオルを投げると、素直にくるまり、見えてはいけない部分を隠す。
「ちぇー、っだ。
「けちじゃないし真っ当だしずれてるのは雪野さんのほうです!」
――
「やーい新参者、郷に入れば郷に従えってんだ」
「ここは!ヌーディストハウスじゃ!ないですから!」
「ふーんっだ」
耳に手をあてて聞こえないふりをするのは雪野里見。25歳女性。とある会社の正社員であり、この戸建ての家主である。
見た目は女性。自覚している性別もおそらく女性。
「大体女性が、家族でも付き合ってもない男の前で裸にならないでください」
「それをいったら誘われたからって年上のお姉さんの家にほいほいついていって居候しないでくださいー」
文貴は言葉につまる。
「それを言われたらなにも言えないですけど……」
「でしょ?」
勝ち誇ったような彼女は、しかしどこか憎めない。
「……こんなのが社会人なんて絶対にどうかしてる」
「がんばれー就活生。真面目なんだもん、絶対に内定もらえるよ」
ひらひらと手を振ってくる女性は、まだバスタオルにくるまったままだ。
「雪野さんに言われても説得力ないです」
「あー!ひっどーい!傷ついたー」
「そんな棒読みで言われてもリアリティーないですから。で、ごはんにします?お風呂にします?」
「文ちゃんって選択肢はないのー?」
「ないですね、あ、第三の選択肢はありますよ」
「なになに?」
「服を着るっていうんですけど」
膝下丈のラウンジワンピースが雪野里見の顔面にクリーンヒット。
「ぶへっ」
「とりあえずそれ着て、脱ぎ散らかした服は洗濯機に突っ込んで、食卓集合で。ごはんできてますから」
「はーい、今日はなに?」
「カレーです」
「今日で食べきれる?」
「そんなちゃちな分量でつくってないです。明日はカレードリアにするので、社食でカレー食べないでくださいね」
「はーい」
雪野は服を持って洗面所の方へと消えていく。
文貴は完全に気配がなくなったことを見計らって、ため息をついた。
彼女と一つ屋根の下で暮らしはじめてしばらく経つ。
だけど未だに慣れない。
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