僕らは選ばれている②




それからしばらく、秘密の小屋での密会は続いた。 どうしても苦しくなった時、弱音を吐いてしまう。


「どうして僕なんだろう。 お母さんは事故で死んじゃって、お父さんにも会えなくて。 そしていじめられて、クラスには僕の味方がいない。 ・・・神様の嫌われ者に、僕は選ばれたのかな」


クラスの女子の体操服がなくなり、放課後一人で掃除をしていた僕が疑われた。 いや、ほとんど犯人扱いだった。 そのまま罵声を浴びせられ、謝罪を強要された。

実際にやっていないのだから、謝ることなんてできないに決まっている。 いつものように気にしないよう無視していたのが悪かったのか、完全に孤立してしまった。


「お母さんが、事故で・・・。 君は頑張って耐えているだけで偉いよ。 僕だけは常に君の味方だから、大丈夫。 安心して」


彼は温かい言葉をかけてくれたのだが、既に病んでしまっている僕は、酷い言葉を浴びせてしまった。


「・・・気持ちはありがとう。 でも、痛みと苦しさを味わうのは僕だから、呑気に生きている君には分かりっこないさ」


いや、心が病んだなんて言い訳だ。 彼だけが、唯一の味方だったのに――――


「どうして、そんなことを言うの? ・・・あぁ、いや、うん。 そうだね。 今の君の苦痛は、僕には分からないのかもしれない」


彼はそう言うと、黙って背を向けた。 本当は声を上げ、引き止めるべきなのは分かっている。 だけど、声が出なかった。 寂しそうに震える背中を、そのまま見送ってしまったのだ。


「・・・本当は、選ばれたのは僕だったんだ」


そんな言葉が、木々の間に抜けていくのを微かに聞いたような気がした。






「体操服は、トイレ掃除で汚れた他のクラスの友達が、勝手に持っていっていただけらしい」

「・・・は?」


翌日、驚くべきことがあった。 いじめる時以外、完全に無視していた杉本が話しかけてきたのだ。


「それに、今まで悪かった。 ・・・嫌な思いをさせて、絶対に許せないっていうのは分かっている。 だから、気の済むまで俺のことを殴ってくれていい」

「・・・え?」


いじめっ子の主犯格である彼が、クラス全員がいる前で僕に堂々と頭を下げている。 眼前に広がる光景に、頭がぐるぐると回った。


「これから先、櫻木に何かをした奴は俺が許さん。 みんな、分かったな?」


一体彼は、何を言っているのだろう。 僕をいじめていた杉本が、僕を守ると宣言しているのだ。 腑に落ちないまま一日が過ぎ、放課後を迎えた僕は二人だけの秘密小屋へ向かった。

いじめに関する報告というより、ずっと後悔していた昨日の言葉を謝るためだ。


「・・・まだ、来ていないのか」


だが彼は、日が落ち辺りが真っ暗になっても、来なかった。 ――――分かっていた。

僕の言葉が、彼を傷付けたせいだと。 だが次の日になれば、また元気な顔を見せてくれると楽観的に考えていた。

それは、いじめが何故かなくなったという状況の好転が、そう考えさせたのかもしれない。


だけど――――彼は、次の日も来なかった。


その次の日も来なかった。


そこで初めて、取り返しのつかない事態に身体が震えた。 何故なら僕は、彼の名前も連絡先も、何も知らなかったのだから。


「・・・僕は、何てことをしてしまったんだ」


彼がいなければ、いじめられた日々に僕の心はとっくに壊れていただろう。 唯一、心を支えてくれた彼に酷い言葉を吐いた自分を呪った。


「神様の嫌われ者に選ばれたのは、当然だったんだ。 酷いことをされたのは、他の誰かに酷いことをしてもいい理由にはならないのに」


僕は、一人だけの秘密基地になってしまった小屋で泣いていた。 泣いていると、あの時のことを思い出す。 初めて出会った、あの日のことを。 

彼について手掛かりがないわけではない。 彼に酷いことを言ったあの日を境に、杉本は変わった。 友達とまではいかないが、今では普通に話すくらいの関係にはなっている。


なら――――聞いてみるしかない。



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