僕らは選ばれている

ゆーり。

僕らは選ばれている①




街から少し離れた雑木林。 僕、櫻木優一(サクラギユウイチ)はここにある小屋――秘密基地と呼んでいる――に度々足を運んでいた。

二本のケヤキを橋渡しするかのように造られた土台に建ち、風雨を簡単にしのぐ程度の簡素な造り。 そこにロマンを感じている。 この場所が、いつ作られたのかは分からない。

誰が作ったのかも分からない。 だから持ち主の人がいるのかもしれないが、何ヶ月もの間、誰か来る気配はないため勝手に貸してもらっている。


「うっひゃあ、今日も派手にやってくれたなぁ」


僕は学校でいじめられていた。 去年母が亡くなり、田舎の祖母の家に預けられることになったのだが、話し方や持っているものなどでからかわれたのだ。

気にしないよう無視していたためか、いじめは更にエスカレートしていった。 気にしないようにするというのは、気にならないとは意味が違う。 誰だって、嫌がらせをされたい人なんていない。

ただ無視していれば“いずれは飽きて止めるだろう”と思っていたのだが、まだ飽きないようだった。 勿体ない。 こんなに楽しい場所を知らず、無駄に時間を使っているのだから。


僕は鞄の中身を広げると、散らばったゴミを仕分け、ノートの大量の落書きを消そうとした。 ぽたぽたと垂れる涙が文字を滲ませ、墨のように擦れる。


「あれ、おっかしいなぁ・・・。 上手く消せないや」


強引にやると皴が寄り、ぐしゃぐしゃになったページが音を立てて派手に破けた。


「・・・ッ! ちょっとそれ、どうしたの!?」


気付けば小屋の入り口で、同い年くらいの少年が口を開けて固まっていた。 僕の周りには散らばった教科書類やゴミがそのままで、目からは涙が流れている。

ただ気が動転してしまったのか、僕の口から飛び出したのは頓珍漢な言葉だった。


「あ、お、お邪魔してます」

「あ、こちらこそ・・・。 って、違うでしょ! それ、いじめられているんじゃないの?」

「大したことじゃないから、気にしないで」

「泣きながら言われてもね・・・」


少年は中へ入ると、僕の筆箱にあった消しゴムを取り出し落書きを消し始めた。


「ありがとう。 あの、えーと、ここに住んでいる・・・の?」

「そんなわけがないよ。 ちょっと色々あって、造ってもらったんだ」

「そうなんだ・・・」


やはり持ち主がいた。 “誰も来ないため大丈夫だろう”と思ってはいたが、こんな日が来ることを考えなかったわけではない。


「どこの子? その話し方からして、ここらの子じゃないよね?」

「一年くらい前に転校してきたんだ。 だから一応、ここらの子」


僕はそう答えていた。 自分自身“他からやってきた”という気持ちはある。 だがそれを言うと、仲間外れにされた記憶が蘇ってしまうのだ。 家以外の唯一の居場所がここだと、僕は思っているから。


「警戒しなくてもいいよ。 僕も似たような感じだから」

「余所者だと、色々と大変だよね」

「うん。 もしかしてさ、君は夕ヶ丘中学校・・・?」

「そうだよ。 ・・・君は、朝ノ江中学? それとも、中学生じゃなかった?」

「・・・いや、朝中で合ってる。 まぁ、学校なんてどうでもいいんだけど」


その時彼が、何故か顔をしかめたような気がした。 学校はいじめられている場所。 彼から聞いてきたことではあるが、やはりあまり思い出したくはない。


「それより、その膝・・・」

「あー、うん。 ちょっとね」

「・・・」


彼は黙って小屋の角に歩み寄ると、徐に床板を外した。 僕も知らなかった隠し場所、そこから小さな箱を取り出す。


「そんなのがあったんだ」

「まぁ、気付かれないようにって作っているから。 ただの救急箱だけどね」

「へぇ」


慣れた手付きで手当てをしてくれる。 今日の午後、杉本という体格の大きな学校でのいじめグループの代表格が、僕と大きく衝突した。 軽い謝罪を口にはしたが、わざとなのは明らかだった。

僕自身、騒ぎを大きくしたくなかったため水で洗うだけに留めたのだが、擦り傷自体は真新しい。


「手慣れているね」

「うん、まぁ」

「僕のお父さんも、お医者さんをやっているんだ」


見ているだけでも、彼の手際がごっこ遊びではないと分かる。 彼は消毒などの処置を終えると、一枚の絆創膏を取り出した。


「あ、待って。 絆創膏は付けないで」

「どうして?」

「目立つから」

「怪我をしているって、他の人にアピールをした方がいいんじゃない?」

「逆かな。 僕はそんなことに屈しないっていうことを示したい。 『お前らの嫌がらせなんて、気にしていないぞー!』って」


彼は目を丸くして驚いていた。 瞼を濡らしながら言っても、説得力に欠けるけど。


「・・・強いんだね、君は。 じゃあ、これでよし。 そろそろ暗くなってきたね」


田舎の夜は早い。 電気が通っていないここは、殊更暗くなるのが早かった。


「僕はここに、また来てもいいのかな?」

「もちろん! 僕もずっと来ていなかったけど、明日からはまた来ることにする。 何ができるのかは分からないけど、話くらいは聞くことができるから」

「ありがとう」


こうして僕は、この町に来て初めて友達ができた。 それが嬉しかった。 祖父母には心配をかけられないし、父には簡単に会えない。 いじめのことを話せるのは、彼だけだったのだ。

だがいじめは――――日に日に、エスカレートしていった。



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