第54話
二四時前に寝て、朝五時頃目が覚めた。これだけ眠れたのだから大丈夫だろう? 駄目だったら今度こそ本当の昼寝をすればいい。
今日の案内はマリーさん。鬼頭さんは昨日だけだったようだ。
高木さんと僕、マリーさんとでまずは父の自宅に向かう。行ったところで何があるわけでも無い気がするが、見舞いに入れる時間までまだ余裕があるため行くようだ。
高木さんを車に残し、マリーさんと二人で父の部屋に向かう。
ちょっと小洒落たマンションの一部屋。あの父らしく、装飾もなく最低限の必要な家財だけが置いてあった。
マリーさんは昨日の食事の後くらいから殆ど喋らなくなったけど、この部屋に来てはここに何があるとか、父が何をしていたとかよく話していた。
「マリーさんてさ、うちの父のこと好きでしょ?」
さらっと聞いてしまった。
途端にそれまでハツラツと説明してくれていたマリーさんはフリーズして動かかなくなった。で、ギギギと音がするような感じで首をこっちに向けてくる。
「why? May I ask what made you think so?」(なぜ? 私の何があなたをそう思わせたのですか?)
「え? それ聞きます? バレバレですよ?」
「うぐ……yes、はいです。貴匡の言うとおりです」
「それで、父ははっきりしない態度で、ウジウジとするのでしょ? 俺には君を幸せに出来ないとかなんとか言って」
「どこかで見ていたの?」
だいたい分かるよ。母さんが死んでからのあの逃げてばっかりの態度見ていりゃ想像はつくよな。
相変わらずだった。
「でも……私が襲われそうになった時、貴臣が庇ってくれて私は怪我一つない。なのに……Takaomi……ウウ」
父は強盗に襲われそうになったこのマリーさんを庇って代わりに刺されたのだ。そんなところだけカッコつけてどうするんだ。
刺された父は病院に緊急搬送されたけど、そんなに早くは搬送されなかったようだ。救急車が直ぐ来なかったせいらしい。
父を刺した犯人はパトロール中だった警官にその場で射殺された。現地では日本人が刺されたということで話題にはなったようだが、父さんの勤めている会社が圧力かけて父の名前等は公にされなかった。
傷自体は深いものの内臓には損傷はなく、大量の出血とナイフに付着していた雑菌による感染症のほうが深刻だった。
失血と感染症による高熱で一時は本当に生死を彷徨ったようだけど、輸血と抗生物質の投与により今はすっかり症状が治まったようだった。
ただ、目を覚まさない。精神的なショックも目を覚まさない理由の一つかもしれないというのが医師の診断だった。
ベッドに点滴のチューブなどを何本もつけた状態で父が眠っている。
寝ているようだろ?
意識ないんだぜ?
久しぶりに見た父親の顔は、最後に見た顔よりもやつれているように見えた。
生命の危機は脱したと聞いたせいもあるとは思うのだけど……
折角遠路はるばるテメエを心配してご子息様がやってきたというのに何を呑気に寝て嫌がるんだ、となぜか無性に腹が立ってきた。
「おい、バカ親父。とっとと起きたらどうなんだ? あぁん? なんとか言ってみろよ!」
「Takamasaaaa!」
「ほら、マリーさんも心配しているじゃないか? バカ親父は母さんだけじゃなく今度はマリーさんも泣かすのか? ああ? 答えてみろよ?」
なんだかどんどん腹が立ってきた。
マリーさんはなぜか父ではなく僕の名を叫んでいる気がするが、たぶん間違えているだけだろう。
思わず、父親のおでこを叩きだしてしまった。
ペチン、ペチン! と病室に響く打撃音に父を挟んで僕の向こう側に立つマリーさんも顔面蒼白。
「ぃた……ぃ……」
「ああ? 痛いだと? 当たり前……だ?」
あれ? 誰が声を出した? 叩いていた手をどけると、父が目を開いていて意識を取り戻していた。
「マリー……」
お前、息子の前に『マリー…』って何だよ? このクソ親父!
バチンっ!
デコピン食らわせてやった。
「いっつ~ あ、あれ? ここは? えっ、あっ、たっ、貴匡?」
「やっと気がついたかバカ親父。何をやっているんだよ……遠いところで刺されて……意識戻んなくて……どんだけ心配かけりゃ……気が済むん、だよ……、ばか」
あ~あ、腹が立ってしょうがないのに涙が止まんない。いっぱい文句言ってやりたいのに嗚咽ぐらいしか出てこねぇ~
……………良かった…本当に、チクショウ……よかった。
母さん、父さんを守ってくれてありがとう……このバカ親父にはしっかりと言い聞かせてもう誰も悲しませたりはしないよ。
「……貴匡、すまない」
「謝るぐらいなら最初から逃げないでシャンとしとけ。それに僕だけじゃなくてマリーさんにもしっかりと謝って! 後な! いつまでも何時まで母さんを引きずんじゃないよ! もう母さんを自由にしてやれっ!」
「……」
「で、父さんはもう二度と誰も悲しませるようなことはするんじゃねえぞ。わかったか?」
「……」
「わかったかと聞いてんの!」
「……ああ。わかった……貴匡。ありがとう」
意識が戻ったということで病室は慌ただしく看護師や医師の出入りが多くなった。
邪魔してはいけないので、僕とマリーさんはロビーまで戻ることにした。
「お、貴匡くん。お父さんはどうだった?」
高木さんは呑気にそんなことを聞いてくる。
「はい、先程意識が戻りました。今医者があれこれやっています」
「え? マジか? 会社に連絡しないと!」
高木さんは走って病院の外に出ていった。みんな慌てすぎ。おちつけ、餅つけ。
「マリーさん」
「はい」
「あんな父ですけど、よろしくおねがいしますね」
「……はいっ! 貴匡もよろしくねっ」
三日後。
精密検査を再度行って異常がなかったので、刺されたところの縫合を抜糸して退院となった。刺されてんのに一〇日ちょいで退院てパないな、こっち。
父親のマンションに行って、マリーさんにあれこれ世話を焼いてもらう。申し訳ない。英語はある程度読めるし、簡単なら会話もなんとかなるが、知らない土地で一時的にでも暮らすとなるとそれは別問題だった。
さて、もう何年ぶりだか忘れた頃に顔を合わせても父親とはこれと言って話すこともない。
僕からの話はざっとした近況と瑞穂と暮らしていることぐらいだったが、話したら話したらで父親は瑞穂についてやたらと聞いてくる。
僕には彼女以上の人は現れないだろうからたぶんずっと将来まで一緒にいるだろうと思う、と伝えたら今度はマリーさんが食いつてきた。
なんだかもの凄くめんどくさい。
「じゃぁさ。父さんはマリーさんのことどう思っているのさ。もうはっきり言っちまえよ」
「………」
「………」
見つめ合う父とマリーさん。甘ったるい香りが漂ってきた。
うわぁ~ 振るんじゃなかった……僕はそっとバルコニーに避難した。
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