第34話

 月曜日。


 学校だ。おばあちゃんは本当に昨夜は帰ってこなかったけど、純生さんから『確保』と二文字だけの連絡が来ていたから、捕まって今日はちゃんとリハビリに行くんだろうな。


 昨夜は瑞穂と一緒に僕のシングルベッドで寝たんだけど、当然ながら狭かった。

 瑞穂のベッドはマットだけでフレームはないから並べても高さが不揃いだし、僕の方をマットだけにしても厚さが違うので凸凹になる。


「やっぱりベッドのフレームで調整しないと無理かな?」

「じゃあ、今週末からGWのセールやっているみたいだから家具屋さんに行こうよ。シマチョー家具センターってバス通り沿いにあるみたいだよ」


 朝食をとりながら瑞穂はスマホで検索して家具屋を調べていた。この間まで襤褸ぼろスマホしか持っていなかったのに流石今どき女子高生、普通に使っている。なんなら僕よりも使い方が達者だと思われる点が複数ある。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。行ってきます」


「行ってらっしゃい。ではご一緒に」


 おばあちゃんがいないのでお互いに挨拶してからかすみ荘いえを出る。今日からの通学はずっと手を繋いだまま行くことにしている。どうせ周りからは奇異の目を向けられるだろうけど僕たちはもうそんなことに振り回される必要はない。


 僕らは僕らの世界で自由に生きるんだ。


 あ、決してバカップルで周りが見えないってことではないからね。

 ……ときにはそういう場合も無きにしもあらず、なのは否定しない。


 学校に近づくにつれて同じ学校の生徒も見かけるようになる。瑞穂はともかく、僕はゆかりのせいでやや顔が知られていることもあり、たまにチラチラ盗み見されるような事がある。それを察したのか繋いだ瑞穂の手に力が入るのがわかった。


「大丈夫? 無理しなくてもいいからね。絶対に手を離しちゃいけないわけじゃ無いから」

「うん。大丈夫。貴匡くんと一緒なら私は平気だよ」


「何があっても守ってあげるから、安心して」

「ありがとう、貴匡くん。好きだよ」


 不意打ちはヤメテ。たぶん僕の顔は、朝焼けの様に真っ赤になっているに違いない。身体も熱くて暑くて汗がでてくる。

 横目でちらりと瑞穂を見ると上目遣いで僕を見上げ、いたずらっぽく微笑んでいる。


 結局手は繋いだままで、下駄箱まで来てしまった。上履きに履き替えてからは流石に手を繋いだまま学校の廊下や階段を歩くのは大変だし、周りの迷惑にもなりそうなので止めておいた。ただ、瑞穂は僕の制服の裾をちょこんとつまんだまま僕のあとをついてきていた。


 可愛らしくてとても良い。学校じゃなければ抱きしめてしまいそう。


「よ~っ、貴匡ちゃーん。朝っぱらから見せつけてくれるじゃ~ん?」


 この状況の俺達に声をかけられるやつは一人ぐらいしかいない。徹平だ。


「おはよ」

「お、おはようございます。新道くん」


 徹平は瑞穂がつまんでいる俺の制服の裾をみて見て、ニヤニヤと笑う。


「ほほう。そういうことかね。大杉くんに平林ちゃん」


「ど、どういうことだよ、徹平」

「いやぁ何時も一緒にいるなぁと思っていたら結構早い時点でらぶらぶちゅっちゅなんだなぁ、と思いましてね。おめでとう、貴匡」


「うう、サンキュ」

「あ、ありがとうございます?」


 クククとさも可笑しそうに喉を鳴らして笑うと、徹平は一転真剣な顔して来る。


「まあ、貴匡の決めたことだし俺に言うことはないけど、ゆかりはそうじゃないだろうからもし何かあったら俺にも相談してくれよな。お前に気持ちは無いってわかっていてもずっとあの調子だったんだから、な」


 優しくしてやれとは口が裂けても言わないけど、無下にはしてくれるなと徹平は言うと自分の席に戻っていった。


「貴匡くん……」

「大丈夫だよ。それくらいのこといくら僕でもわかっていたもの。でも、どんな事があっても僕の気持ちは瑞穂に向いているからね。それだけは安心していていいよ。約束する」


 僕らも席に付き他愛もない話で時間が過ぎていくのを待つと担任が教室に入ってきてHRが始まる。僕たちはバカップルかもしれないけど勉強を疎かにするほどのバカではないので、授業はちゃんと聞くし家では予習はしないものの宿題や復習はちゃんとやっている。友達いないし、本も漫画も無く見るものといったら教科書ぐらいしか無い僕たちは案外と勉強はできるのだよ。ほっといていて欲しい事実なんだけどな。


 なので休み時間は僕と瑞穂は甘い会話ではなく、授業で分からなかったところの教え合いをしていたりする。『ちっ、つまんないな』なんて声も聞こえるけど、習慣なんだよ。それよりも、お前ら先週まで僕たちのことを無視していたに近かったじゃないか?

 何がつまらないだ、お前たちで勝手にしていればいいだろう? こっち来るな。


 昼は瑞穂のお弁当をいつもの校舎の陰で一緒に食べた。まだ四月だけど五月晴れのいい天気だ。今からではGWもどこかに行くのも予約が取れないだろうし、今年は家で俺たち二人の部屋の模様替えだね、なんて話をしながら過ごす。


 さて、何時もなら絶対に日に一度は突撃してくるゆかりはまだ一度も突撃どころか顔も見せないし声もかけてきていない。


 ゆかりも教室内にいるのはいるけど、どうにも僕たちの方を見ないようにしているフシがある。


 わざわざ僕から声をかけて、瑞穂と付き合うことになりましたって報告するのもおかしな話だしな。どうしたらいいんだろう?


 僕にまだ気があるなんて瑞穂も言うし、徹平も今朝思わせぶりなことを言って去っていったので気にはなっているが、そもそも徹平に相談したところでどうにかなるわけでもないだろう。中学生のあの時から僕の方からゆかりに声をかけることは極稀で殆どゆかりの方から接触(物理)してきたもんな。今更僕から声をけ掛けるって言っても何を言えばわからん。


 ふと手元のお弁当に影が落ちる。

「ねえ、平林さん。ちょっと付き合ってもらっていい?」


 ゆかりだった。

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