第35話

「ゆかり」

「こんにちは、貴匡。ちょっと彼女借りてっていい? ちょっとお話するだけだから安心してね。そういうことで平林さん、ちょっといい?」


 そういうゆかりに瑞穂も弁当箱をさっさと片付け立ち上がる。


「瑞穂……」

「貴匡くん、大丈夫だから。水島さんも話をするだけって言っているじゃない?」


「そうだけど……」

 ゆかりの俯いた表情からは大丈夫って感じが全然してこないんだよな。


「僕じゃ駄目なのかな? その話って。ねえ、ゆかり」

「まったく、平林さんに対しては心配性なのね。ほんと大丈夫だよ。暴力的なこともしないし暴言も吐かないし、ほんとに話したいことだけ話すだけ。それは貴匡には聞いてもらいたくないの」


 ゆかりとは長い付き合いだし嘘ではないことはわかった。


「わかった。じゃあ、先に教室に帰っているからね。何かあったら直ぐ連絡して」


 最期は小声で瑞穂に耳打ちして別れた。

 心配しすぎのような気もするけど、心配なのだから仕方ない。



 予鈴がなっても二人はまだ帰ってきていない。


 僕はソワソワと落ち着き無くスマホと出入り口の扉を交互に見ているだけだ。探しに行くって言っても二人が今どこにいるかわからない。


「どうしたんだよ、貴匡。落ち着きなさすぎだろ?」

「だってさ……」


「だってもへちまもない。いい加減、どんと構えておけよ。ゆかりも平林さんもおかしなことする子じゃないくらいお前が一番わかっているだろ?」


 そんなの分かっている上で心配しているんだよ。僕に聞かせたくないようなこととか内容も気になるけど、これは流石に瑞穂も教えてくれないだろうな。それに僕だって瑞穂やゆかりに無理に聞き出したりはしたくない。なるようにしかならないということか。


「うん。ありがとう徹平。ちょっと落ち着いたわ」


 午後の授業開始のチャイムが鳴った直後ぐらいにやっと二人が教室に戻ってきた。教師もそのタイミングで入ってきたので、話を聞くことはできなかった。


 ちらりと見えた二人の顔はどちらも涙の跡なのかぐちゃぐちゃで目も赤かったように見えた。そんな状態でも互いを気遣うような素振りもみえたので喧嘩したとか言い争ったとか言う類の話では無かったであろうことは伺えた。でもあれ、絶対泣きじゃくった跡だよな。


 すごく気になるけど話の内容はトップシークレットなんだろうな。


 ホームルームも終わり帰る頃には瑞穂は全く昼に号泣(想像)していたとは思えないぐらいに普段どおりに戻っていた。ゆかりは僕が確認するときには既に席には居なかったのでどうなっているのかは分からずじまい。


「か、帰ろうか? 瑞穂」

「うん。帰ろう、貴匡くん。帰りがけにサプライズあるから覚悟していて?」


 サプライズなのに教えているし、覚悟していてってなにさ?


 なんだかよく分からないまま校門を抜けて帰宅の途に着く。帰りももちろん手は繋ぐんだけど、心なしか朝よりも瑞穂がルンルン気分なのが伝わってくる。いいこと有った?


「あー遅い! 待ったんだからね!」

「えっ!? ゆかり」


 道角を曲がったら、ゆかりが現れた


「あ~ ごめんね、ゆかりん」

「もう、瑞穂も貴匡も遅いよ」


「へ? へ? え?」

 瑞穂はゆかりを『ゆかりん』と呼び、ゆかりは瑞穂を『瑞穂』と呼んでいる。


「貴匡くん。何で鳩が豆鉄砲を食ったような顔しているの、ははは」

「えっ、だって。は? ゆかりがゆかり?」


「貴匡は何言っているの? 今日は瑞穂が二人の愛の巣にご招待してくれるって言うから待っていたんだからね。はやく行こうよ」


「? 瑞穂?」

「うん、ごめんね。ゆかりんをウチに招待しちゃった。いいよね。いいよ、ね? 駄目なのかな?」


 上目遣いでうるうるした瞳で瑞穂に訴えられたら『うん、いいよ』としか答えはないよな。


 突然、瑞穂とゆかりが無二の親友のような状態になっていることに理解が追いついてこない。昼、瑞穂はゆかりについて行ったあと教室に戻ってきた二人共泣いていたような様子を見せていたけど何があったのだろう?


「えっと、ゆかりん?」

「げっ、貴匡に『ゆかりん』って呼ばれるのキモチワル。瑞穂だけにしてその呼び方」


「は、はぁ?」

「貴匡くんはなにも考えなくて良いんだよ。ただ、さっき私とゆかりんは大親友になった、というだけ。気にしたら負けだからね?」


 どうも、今朝方不安に思っていた僕と瑞穂の交際に関してゆかりがどう出るか、という問題は僕や徹平の危惧も懸念も通り越して明後日方面で決着が付いた様子だ。その内容に関してはやはり考えてはダメなやつだそうで、教えてくれる日が来ることを気長に待つことにしよう。


「うわ、まだ歩くの?」

 ゆかりが音を上げてきた。最初の二週間程は瑞穂も直ぐ音を上げていたものな。


「もう少しだからガンバってゆかりん」


 あの角曲がればどこか別の世界へいけそうな気がするが、普通にかすみ荘が見えてくる。あと残り一ハロンってところかな。先日偶々皐月賞って競馬のニュース見てハロンて単位覚えたので使ってみました。二百メートル強ぐらいです。


「ぐええ。ついた……貴匡んち遠すぎ。これじゃもし教えてもらっていても気軽に来られなかったじゃん」


 今度からはバスかせめて自転車にするとぶつぶつとゆかりは言っていたが、来なくて良いんだけど?


 え、瑞穂に睨まれた。


「お友達を蔑ろにしちゃいけませんよ。貴匡くんもちゃんとゆかりんをおもてなししなさいね」

「……はい」


 なんでゆかりを…………


「くけけけ。もう貴匡は瑞穂の尻に敷かれているんだ。これは面白いね」


 くっそ。ゆかりのくせに………あ、ごめんなさい。




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またしばらく開くかもしれませんのでご了承くださいませ…

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