第32話

 結局散々騒いだサバを最初に焼くことにした。


 BBQでサバを焼くことはポピュラーなことなのかまれなことなのかさえ知らないけど、普通に美味しいので問題にすること自体間違っているんだと思う。秋には秋刀魚を焼くと美味しそうだ。『ここの庭では煙が凄すぎるから焼けないわよ』とおばあちゃんが言っていたけどこのBBQ場なら構わないはずなので、秋にはおばあちゃんも一緒に秋刀魚祭りと行きたいものだ。秋刀魚ってそんなに煙の出る魚なのかな?


 さて、サバである。


「貴匡くん、これやばいよ。ガスコンロのグリルで焼くのと段違いで美味しんだけど」


「だろ? これ炭火で焼くとすごく美味しんだよね。おばあちゃんが何度も炭火のコンロでサバ焼きたがるんだけど、分かるでしょ? その気持ち」


「うん。わかりみが上限突破だよ」


「わかりみが上限突破ってなんだよ。僕は瑞穂が何言っているか分かんないよ」


 くだらない話をしながら塩サバを二人でペロッと完食してしまう。



 次はやっぱり肉でしょ、ということでオージーなカルビ肉とアメリカンなステーキを簡単に筋切りしてから網の上に投入する。


 ジュワ~っと肉の焼ける匂いとカルビ肉のタレの焦げる匂いがたまらない。本当はタレ付きじゃないほうが良かったんだけど今回は用意を最小限にするために仕方ない。ステーキは包丁でバシバシ叩いて筋を切り刻んだので柔らかいはず。下ごしらえは料理のできない僕なので見た目はステーキと言うより潰れたって感じにはなっているが、絶対に美味い……はずだ。


 兎に角やったことないし、なんなら焼きながらスマホで調べていたりするので、やることなすことの言葉尻に『はず』ついていてもご勘弁だ。


「貴匡くん、アルミホイルで包んだじゃがいもは本当に炭の中に直接入れても大丈夫なの?」

「黒焦げにしないためのアルミだから平気だよ。多分。焦げたら焦げたで良いんじゃない?」


 僕たちふたりとも本当にBBQはほぼやったことないので、思いつきやネット動画にあったものを見様見真似で実行している。ただ、これで失敗してもこういうことを二人でやっていること自体が楽しいのでぜんぜん構わない。


「ほら、瑞穂。お肉焼けたぞ」

「わーい! 肉肉祭りだ!」


「どんどん食べてね。じゃんじゃん焼くからさ」

「はーい。じゃあ、貴匡くん、あ~ん」


 トングで肉を転がしている僕に瑞穂はお肉をフーフーしてから食べさせてくれた。


「どう? 貴匡くん、美味しい?」

「うん。瑞穂に食べさせてもらうと愛情スパイスききすぎてほっぺも目尻もダラダラに垂れ落ちちゃうよ」


「うふふ、おばかさんね。でも貴匡くんの焼いてくれたお肉だから愛情熱がこもっていてすごく美味しいよ。ありがと、チュ」


「アハハハ」

「えへへへ」


 見事なバカップルBBQだったことは否定しない。仕方ないだろう? 僕たち二人とも本当に浮かれまくっていたんだから。



 過日僕たちの周りでBBQをされていたご家族さんに街でばったり出会ったら、「君たちに当てられてしまって、この娘に姉弟ができたんだよ。あははは、ありがとう君たち」と言われたのはまた別の話。




 食べたり飲んだり、川の辺りを散歩したりとしていたら、日が暮れてきた。


「そろそろ片付けて帰ろうか。BBQセットも暗くなる前に洗ったりして物置に戻さなきゃだし、BBAももう流石に帰ってきているだろうから、夕飯の支度と洗濯物も取り込まないとね」


「おばあちゃんはBBAなのね。ちゃんと帰ってきているかしら?」


 いつまでも富田さんのお家に居るわけにはいかないから、もう帰ってきているだろうし、しかしたら今日一日寝て過ごしたかもしれないな。ダーティハリーシリーズは全部見終わったのかなぁ~


 炭や灰を捨場にちゃんと捨てて、その他のゴミは持ち帰り用のゴミ袋にいれてアウトドアカートに積んでいく。炭焼きサバもタッパーにいれておばあちゃんのお土産用にちゃんと取り置いてある。もちろん傷まないように万全の保存容器まで用意してある。じゃがいももちゃんと消し炭にならず美味しく焼けたのでお土産にしている。


「忘れ物はないわね、行きましょうか。貴匡くん」

 瑞穂はそう言うと僕の手をとって歩き出す。


 さっきまであんなにイチャイチャしていたのにただ手をつないで帰るってことが恥ずかしかったみたいで、瑞穂はちょっと俯いて僕の方は振り返らないでいるけど、後ろからちらりと見える耳が真っ赤なので恥ずかしがっているのが丸わかりだ。何この可愛い生き物!


「どうしたの瑞穂?」


「いや、なんだか手をつないでお家に一緒に帰るんだなって思ったら急に恥ずかしくなっちゃった。ううん、恥ずかしいって言うより嬉し恥ずかしって感じなのかな?」


 そう言われると僕も手をつないで一緒に誰かと家に帰る経験ってあったかなぁ。僕の母さんもあまり外に出かける人では無かったから……

 手をつないで帰ったのは……ああ、ゆかりとか。子供のときは夕焼け小焼けを歌いながら公園とかから一緒に帰ったけなぁ。


 ふと隣から暗い圧を感じたので瑞穂のことを見るとほっぺをこれでもかって膨らませて僕のことを睨んでいる。


「ど、どうかした? 僕、なにかしちゃったかな?」

「ふんっ、どうせ今子供の頃水島さんと手をつないで帰ったな、とか思い出に浸っていたんでしょう? ほんと貴匡くんて酷い人だよ」


「いや、子供の頃のことだし今は瑞穂しか見てないから!」

「ふんっ‼ やっぱりそんな事考えていたんだっ もう知らない!」


 瑞穂は繋いでいた手を振りほどいて、ズンズン歩いていってしまう。アウトドアカートが邪魔で瑞穂についていくのがやっとの僕は、なぜか言い訳をしながらかすみ荘うちに帰るのであった。



 今夜、またいっぱい甘やかすのを条件に瑞穂には許してもらえました。



 そもそも何で許しを請わねばならないのかが僕には分からないけど、それは言っては駄目だと僕の心の深いところから叫ぶ声が聞こえていたので敢えて彼女に問うのは止めておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る