第28話

 コトリ、コトリ……


 瑞穂は赤地に白抜きの数字で0.01とでかでかと書かれた小箱を紙袋から出して転がしている。


「これ、何だろね?」

「……」

 な、なんで見つかった?


「私もね、初心うぶって訳じゃないから、これが何かは知っているよ」

「……はい」


「私がお風呂に入っている間に買ってきたの? それとも以前に?」

「さっき……です」

 アイスと一緒に買ってきました。


「ねえ、貴匡くん。なんでさっきから正座しているの?」

「いや、なんとなく申し訳ない気がするので……」

 最初に紙袋を見せられた時点からずっと正座していました。

 やっぱり反省は正座ですよね?


「もう、こっち来て横に座ってよ」

「うん」

 瑞穂に手を引かれて立ち上がるも、足が痺れてしまってそのまま瑞穂に覆いかぶさるように転んでしまう。


「うわあ、足が……」

「も、もう。せっかちさんだね。た、貴匡くんは……」

 大人びたセリフを言っているけど耳まで真っ赤だし、声も震えている。


「ご、ごめん瑞穂。直ぐ退くね。足が痺れてしまっただけだから」

 そう言った僕の首に腕を回して、瑞穂は僕を下から抱きしめてくる。


「貴匡くんも今日の今日は駄目だっていっていたのに。私と…その…えと」


「やっぱりしたいと思っちゃったから。今じゃなくてもその先に行くならちゃんと用意しなきゃって。そんなの早すぎるとは分かっているけど、今日は駄目なんて自分で言っておきながらも自制する自信ないし、それで手遅れなんて絶対ダメだし……だからって瑞穂に黙って勝手にごめんなさい」


 僕も上から瑞穂を抱きしめて謝る。僕の胸で瑞穂が首を左右に振っているのが分かるけど、絶対に僕の先走り過ぎだし、瑞穂には嫌な思いをさせてしまったことに間違いはない。


「ううん。謝らないで貴匡くん。逆に私は嬉しいの、私のことちゃんと考えてくれていて嬉しいよ。やっぱり貴匡くんは優しい人だよ。あ、あのね。私も、一人になるのが怖いって思いを別にしても貴匡くんとしたいと思うの。初めては貴匡くんがいいって……恥ずかしい……でも、今晩、しても、いいよ」


 これ以上ないほどに真っ赤になった可愛い瑞穂。僕たちはまた唇を重ねる。

 僕たちはさっきしていたキスよりも、更にもっと深く求めあっていて、互いの唇はぬらぬらと濡れてしまう。

 もしかしたら本当にこのまま小箱がオープンしてしまうかもしれない。








 コト


 なんか音がしたので瑞穂と唇を重ねたまま、音のした方に目だけ向ける。

 ……目が合った。

「うわあああああああっ」

 びっくりして僕は跳ね起きて、ソファーの後ろ側に落ちてしまった。

「ななな、なに? 何があったの?」

 瑞穂も僕の行動に驚いて声を上げ、僕が驚いた原因の方に顔を向ける。


「「おばあちゃん‼‼」」


「ちっ、もう終わりかい? つまんないねぇ~」


 おばあちゃんはテーブルの横にちょこんと座って僕たちを観察していたようだった。

 というか舌打ちしなかった?


「いい、何時いつ帰って来たんだよ、おばあちゃん」

「何時って、貴匡くんが瑞穂にのしかかっていったとこらへんかね?」

 ほぼ最初の方! あと、のしかかっていったわけじゃないからね!


「なな、なんで声かけてくれないんだよっ」

「そんな野暮なこと婆ちゃんができるわけないでしょうに」


 違うな。単に見ていて面白かっただけに違いない。


 瑞穂なんて、さっきから赤くなったり青くなったりしながら遠い目して「あわわ」としか声を出していないでしょうが! お孫さんが大変なことになっていますよ!


「続きはやんないのかい? ああ、婆ちゃんがいるとヤリたくてもできないねぇ~ 折角瑞穂がしてもいいって言ってんだから、男はがんばんなきゃ駄目だからねぇ、貴匡くんや」

「いや、そうじゃなくって!」


「いいからいいから。婆ちゃん着替え取りに来ただけだから、また富田さんち戻って、ダーティハリー3から見ないといけないのよ。千景ちかげさんが待っているから早く戻らないとね」

 千景さんとは富田さんちのおばあちゃんのことらしい。


「え、おばあちゃんはまた富田さんちに行くの?」

「そうよぉ。今日はそのまま帰らないから、若い二人で一晩中楽しんでちょうだいね。もう婆ちゃんは覗いたりしないから存分にどうぞ。では、年寄はさっさと消えますからね。あ、戸締まりは忘れずにしっかりしてね」


 それだけ言うと、本当に足が悪いのかといった感じで富田さんちの方の闇に消えていった。

 そんなにダーティハリーって面白いのか? 主役のクリント? クリントン? がいいのかな?


「あ、あの。瑞穂、大丈夫?」

「ううん。全くもってぜんぜん大丈夫じゃないよ」

「だよね、僕もだよ」

「うん……」

 僕はソファーに座り直して天を仰いでしまった。


「でも良かったかもね。少なくても僕たちが付き合うことについては反対されてないってことだもんね」

「そうよね。というか、ずっと私たちが付き合うように煽ってすらいたかもしれないわよ」


 最初からおばあちゃんは僕と瑞穂をくっつけたがっていたかもしれない。


 僕たちがお互いに独りで寂し思いをしているのを知っていたし、お互いの気持ちをよく知ることができるって分かっていたのかもしれないな。


「おばあちゃんには感謝だね」

「うん。でも、覗いていたのは許せないなぁ」


「瑞穂、覗いていたというより、ガッツリ見ていたし、リビングであんなコトしていた僕らにも非があると思うよ」

「……はい。ごめんなさい」


 しょぼんとしてしまったので肩を抱いて、勿論おばあちゃんが居ないか周りを一回確認したあとに軽く瑞穂にキスをした。





 走って、焦って、びっくりして、むちゃくちゃ汗かいたので、直ぐにでも風呂に入ろう。

 乾いたシャツがまたビシャビシャだよ。


「じゃ、僕も風呂に入るね」

「うん」


 僕が風呂に向かうと瑞穂も後ろをついてくる。


「どうしたの? なにかお風呂に忘れ物とか?」

「ううん、私も汗かいちゃったから、貴匡くんと一緒にお風呂に入ろうと思って」


 なんだ、そうか。一緒にね。ナルホド?


「………⁉ え?」

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