第24話

 どれくらいバスに乗っていたのか分からないほど、僕はぼやっとしていた。


 瑞穂はまた僕に肩を抱かれたまま眠っている。体制を崩して倒れちゃいけないなんてことを言い訳にして瑞穂の肩を抱いた僕を彼女はとがめもせず、またも身体を預けてきてくれている。


(信頼は……してくれているって事は間違いないよな)


 毎晩のように僕の部屋に遊びに来て、巫山戯ふざけてからかったりからかわれたり。まるで親友か兄妹のような関係だった。多分瑞穂もそう感じていたはずだ。


 それなのに僕はいつの頃からか、いや、最初からだと思うけど僕は瑞穂を一人の女の子として見ていて、その可愛らしい姿に心を奪われていたんだ。そして、いつの間にかその感情は変わっていき、ここ数日は自分の感情に揺さぶられすぎておかしくなりそうだった。


 何をしていていても何を考えていても、たとえ全く関係のないことをしていたとしても全てが瑞穂に繋げて考えてしまっている。瑞穂、瑞穂、みずほ……愛おしい。


 ……でも駄目なんだ。僕のような不甲斐ない男では彼女を幸せにできない。でも……努力すれば……もしかしたら瑞穂だって振り向いてくれるかも知れない。だから何もせず諦めることはしたくない……




 降車するバス停が近づく。瑞穂を起こしてから降車ボタンを押す。

 瑞穂は寝ぼけた目で状況が理解できていないみたい。でも顔色が良くなっている。


「瑞穂、次で降りるよ。大丈夫?」

「うん、ごめんなさい。私、本当に眠ってしまったみたい」


 瑞穂は申し訳無さそうにしゅんっとしてしまったけれど、少しでも体調が良くなってくれれば僕は嬉しいので問題にならない。


「それそり、ずっと肩を抱いていてこっちこそごめんね。イヤじゃなかった?」

「イヤ? 嫌なわけないじゃない。安心できたから眠ってしまったんだよ。ありがとうね」


 バス停から かすみ荘いえまでの間も手を繋いだ。少し寝たせいか瑞穂の足取りも軽いし、それを見た僕の足取りも軽くなる。瑞穂の体調が良かったなら僕はスキップでもしていただろうな。




 かすみ荘に着くとおばあちゃんが縁側でお茶を飲んでのんびりしていた。


「おや、二人共早かったわね。夜まで帰ってこないのかと思っていたのに」

「買い物も終わったし、体調もあまり良くないみたいなんで早く帰ってきたんだよ」


 瑞穂がおばあちゃんと話をしているが、やっぱり体調が良くなかったらしい。早々に切り上げて帰ってきてよかった。


「じゃあ、瑞穂。ゆっくり休んでね。僕は部屋うえで今日買ってきた服を片付けているから」

「貴匡くんこそ、服の片付けなんて後でいいからゆっくり休んで!」


 どうしたんだろう? 僕は疲れていないから休む必要なんてないんだけどなぁ。ああ、もしかしたら瑞穂は僕に負担掛けたから疲れたとでも思ったのかな? ぜんぜん負担になんて思ってないし、もっともっと頼ってくれたほうが嬉しいくらいなんだけどな。


「うん。ありがとう瑞穂。言われた通り片付けは休んでからするから瑞穂もしっかり休むんだよ」

「? え、ええ」


 ちゃんと休む様にいう僕に若干怪訝けげんな顔をしている瑞穂だけど、おばあちゃんに心配を掛けさせないためなのかな? とりあえず今は一緒にいると気を使わせちゃうから僕は自分の部屋に引きこもっていよう。



 ☆*:;;:*★★*:;;:*☆



「ところで瑞穂。あなたさっき調子が悪いって言っていたようだけれど大丈夫なのかい?」

「あ、おばあちゃん。体調が悪いのは私じゃなくて貴匡くんだよ」


 貴匡くんが自分の部屋で休んでくれたようだから私はホッとしておばあちゃんと一緒に縁側でお茶を頂いている。


「あれま、貴匡くんかい? あの子うちに来て病気らしい病気一つもなかったのに珍しいわね。さっきも普通に話していたようだったけれど、大丈夫なのかい?」


「う~ん。ショッピングモールに行ったときはボーッとしたり、真っ赤になったり。反対に真っ青になったり、暑くもないのに汗かいたりですごくおかしかったんだよ。帰ってきたら良くなったみたいだけど……」


 帰ってきたら良くなった? もしかして一緒に買い物に行くのが苦痛だったのかな? そんなことないよね……何度か一緒に買物も行っているもんね……でも。


 急に不安になってきてしまった。


「あれ、瑞穂。どうしたんだい? 急に青い顔しだして」

「あ、あのね。おばあちゃん。私にはおばあちゃんしか相談できる人がいないので、聞いてほしいことがあるのですが、いいでしょうか?」


「なにを突然改まっているの。あんたは私の孫でしょ? 何でも相談しなさいな。どうせ貴匡くんのことなんでしょう?」

「え? なんで分かるの?」


 おばあちゃんは、あなたのことぐらい分かるわよと言いたげな目で微笑んでくれる。

 だから私は、今日あったことを全部おばあちゃんに話し、貴匡くんに対する自分の思いも相談した。話をしている途中から私は泣いてしまったけれど、おばあちゃんは優しく私の頭を撫でてくれるので安心することが出来た。


「ははは。そうかいそうかい。それは良かったねぇ」


「おばあちゃん! 笑い事じゃないし良くもないよぉ~ 私すごく悩んでいるんだからね。今日のことで嫌われちゃったらどうしようって怖いんだから! 貴匡くんは優しいから何も言わないだろうけど……どうしよう、おばあちゃんっ」


 パチン


「いでっ……」

 おばあちゃんにおでこをはたかれた。


「これ瑞穂。落ち着きなさい! 初めてのことで混乱するのも分かるけどね。婆ちゃんの見立てじゃ全く問題はないから安心して待ってなさい」


 そう言うとおばあちゃんは私をギュッと抱きしめてくれた。

 なんだかとても安心する。


 でもね。安心して待っていなさいって、おばあちゃん。私いったい何を待っていればいいの?

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