第21話

「ラーメンも餃子も美味しかったね」

「そうだね。にんにく抜きにしたのがなければなお良かったかもね」


 映画館でにんにく臭を振りまく勇気はなかったです。


「今度は、ラーメンだけ目的に近くのお店に一緒に行こうね。にんにく増し増しで」

「お、おう。休前日にな」


 にんにく料理や焼き肉を一緒に食べられる男女は深い仲って聞いたことけど、やっぱり、もしかして瑞穂も……


 あ、でも違うよな。


 おばあちゃんの料理に匂いきついもの、当然にんにく料理も普通に出てくるし、それを一緒に食べるているんだもん。そういうのに慣れていればいちいち気にしないよね。今日の僕はどうも自分に都合のいい方に考えすぎているがあるな。





 映画館のあるフロアまで来たが、何を見るかまでは決めていなかったので今は上映案内を二人で眺めているところ。


「瑞穂はどんな映画が見たい?」


 今上映しているのは五本。


 興行成績も良く、話題性のあるアニメの感動作と言われているもの。

 空前の大ヒットをしたライトノベル原作の有名俳優主演の恋愛もの。

 有名な賞を総なめした純文学原作の社会派で硬派なもの。

 ハリウッド映画の息もつかせぬと全米が驚愕したというスパイアクションもの。

 さすがにこれは見ないとは思うけど、子供向け映画の二本立て。


「やっぱり、恋愛ものか、アニメがいい?」


「デートなんで本当は貴匡くんの提案通り恋愛モノなんかがいいのでしょうけど……私、スパイアクション映画がいいです……ごめんなさい」


「え? え? なんで謝るの? 見たいものがあるならソッチのほうがいいに決まっているよ」


「うん。ありがと。この映画の原作ってだいぶ古いんだけど……あの、その、一人で教室にいるときに読んでいた文庫本の一つがこの映画の原作シリーズだったの。本当はあまり読書はしないんけど、この本だけはハマっていたの」


 瑞穂はボッチを誤魔化すために文庫本をよく読んでいた。その中の一つの本が映画化されたのがこのスパイアクション映画のようだ。





 上映開始の時間もちょうどよく、指定席も確保できた。


 ただ、その席が……カップルシートと言われるやつで、なぜか瑞穂がその席を選んでしまった。ラブソファーみたいなシートでしかも周りを低い壁で囲まれているので、スクリーンのある前方以外からは僕たちのことは見えない。しかもセットのドリンクは大きいカップ一つにハートの形をしたストローが二本差してあるやつだった。かすみ荘いえでは一つの大皿料理を互いにつついて食べているので今更間接キスがどうのこうのとは思わないけど、これは別だ。断じて別物だ。やばいと思う。


 周りが暗くなって映画が始まった直後まではそんな感じで二人共ドギマギしていたけど徐々に映画の内容に引き込まれていってしまった。


 しかし手に汗握るシーンでは瑞穂が僕の手を握り、思わず僕も握り返してしまう。


 そしてラブシーンでは、瑞穂はコテンと僕の肩に頭を預け、潤んだ瞳で僕のことを見上げてくるのでついつい見つめ合ってしまう。瑞穂は僕の腕に自分の腕を絡めさせ身体を預けてくる。瑞穂の表情は隠れて見えないけど、柔らかな身体からの熱さが腕から伝わって……


 そのせいで僕は一度は引き込まれた映画の内容からはあっという間に抜け出してしまい、その後は兎に角瑞穂のことしか頭に無くなってしまった。

 今日の瑞穂自体がいつもと違うような気がするんだけど、僕自身が本当におかしい状態だから明確に判断が出来ていない。




 いつの間にか映画は終わっていてエンドロールが流れきり、会場が明るくなってやっと我に返り席から立ち上がる。瑞穂を見るとやっぱりぽ~っとしていて僕は彼女の手を取り立ち上がらせる。

 ドリンクは知らぬ間に二人で飲み干してしまっていたようだった。ストローも一本床に落としていたようで、一本のストローで交互に飲んでいた模様。瑞穂は気づいていないようなのでこっそりと片付けて気づかなかったふりをしておく。


「映画、良かったね」

「……うん」


「瑞穂は疲れちゃた?」

「……ううん」


「ぽーっとしているみたいだけど平気?」

「……あのね、貴匡くん。私……貴匡くんのこ……はっ」

 段差に足を引っ掛けた瞬間、急に目が覚めたみたいに瑞穂はその場でビクリと跳ねた。


「ど、どうしたの?」

「ああああ、いいいい、いいいの。だ、大丈夫。き、気にしないで。化粧室行ってくる」

 瑞穂はカミカミで返事をすると赤い顔をして僕から顔を背けトイレに駆け込んでいった。



(! ん……あっ、今日瑞穂は何度も赤い顔していたし、偶にぽーっとしていたのは、もしかして熱があったんじゃないか? 食欲はあったようだけど、その他のことは体調が悪かったとすれば辻褄が合う。今も具合が悪くてトイレに駆け込んだのかもしれない!)



 ああ、僕はなんてことをしてしまったのだろう!? 体調の優れない瑞穂を無駄に歩かせてしまったし、買い物だって長い時間掛けてしまった。映画の時手を握ってきたのは辛かったから? 見るのを止めて出たかったのかな? そういえばその時の彼女の手も熱かったような気もする。僕の肩に頭を乗せて見つめてきたのは辛いと訴えていたのかも? そういえば目が潤んでいた。熱があったのかも? ドリンクを全部飲んでいたのも発熱時なら水分が欲しくなるはず。



 これは間違いない。



 瑞穂がトイレから戻ったら家に帰ろう。もし辛そうだったらタクシーで帰ろう。

 僕はなんてとんでもない勘違い野郎なんだ。


 瑞穂が頬を赤らめていたり潤んだ瞳で僕を見ていたのは体調が悪かっただけなのに、好意を持ってくれているかもなんてとんでもない自己中心的な見当違いをしていた。

 そうだよな。僕みたいなやつに瑞穂のような可愛い女の子が好意を持ってくれることなんてあるわけないよな。


 チクショウ……


 いや違う。今はそんなこと考えている場合じゃない。

 一刻も早く家に帰り、瑞穂を休ませてあげないとならない。


 まだトイレから戻ってこない瑞穂が心配でヤキモキするだけの僕だった。



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