第20話

 そこからはお姉さんの独壇場になってしまった。


「うちのお店、ちゃんとメンズもあるのよ~ こちらへどうぞ~」

 こちらへどうぞなどと言ってはいるが、僕と瑞穂の手を取りどんどん店の中へ引き込んでいくお姉さん。


「彼女さんは彼氏くんにどんな服装をお望みなのかしら?」


 服装の好みの段階で僕の意見は既に排除される予定のようだ。そして彼彼女呼びも完全に定着してしまっている。


「こんな感じがいいかなって思っているのですけど……」

 瑞穂は昨夜調べたメンズファッションのサイトをお姉さんに見せているようだ。


「うんうん。分かったわ。じゃあ、先ずサイズね。彼氏くんちょっと」

 手招きされてお姉さんのところに僕は近づいていく。


「彼氏くんは身長は何センチかしら?」

「えっと一七一センチです」


「平均的ね。ちょっと失礼」

 そう言うと、お姉さんは僕の身体を触り始めた。


「わっ」っと驚く僕。

「きゃっ」と顔を赤らめる瑞穂。

 なぜ赤らめているんだ?


「あら、見かけによらず胸板も厚いし、腕も太いのね。腰回りも引き締まっているし。なにかスポーツでもやっているのかしら?」


「いえ、何も」


「え~ そうなの? じゃあ彼女さんを守るために鍛えているのね。ス・テ・キ♪」


 お姉さんと、なぜなのか瑞穂も身体をくねくねさせて照れている。


「そ、それで、何で触ったんですか?」

「ああ、ごめんなさい。彼氏くんに合うサイズを測っていたの。もう何年も (ry だから触るだけで分かるの。LLサイズでいいと思うわ」


 ちょっと見繕ってくるから待っていてねと言ってお姉さんは行ってしまった。



「あ、あの店員さん。見た目は普通なのにファッションのことになるとクセが強すぎるよな」

「うん。でも私が今日来ている服もそうだけど、センスは抜群にいいと思うわ」


 任せて安心なのか任せちゃ不安なのかどうにもよくわからない気持ちで暫し待つとお姉さんがカゴいっぱいに服を持って戻ってきた。


「さあ、用意はできたわよ。試着室へレッツゴーよ」


 お姉さんに僕は試着室へと押し込められてしまった。


「最初は、これとこれのセットね」


 お姉さんに上下の服を渡される。これを着ろというのか?

 今更反抗しても意味ないのでまな板の鯉のつもりで着替え始める。



「着替えたので開けますね」

 とりあえず着たものは全部見せろという瑞穂とお姉さんの指示なので試着室のカーテンを開ける。


「「おおっ‼」」


 どうした?


「これはなかなか……」

「貴匡くん……かっこいいです」


 お世辞でも嬉しいです。ありがとう。


「今日の彼女さんの服装に合わせてみたのだけれどいかがでしょうか?」


 そうお姉さんは瑞穂に聞く。なぜ僕に聞かない? 聞いても分からないだろうって? その通りだけど、一応さ、聞いてくれても、ね。


「あの、ああ、あの……」

 スマホを片手に瑞穂があのあの言っている。


「はい。じゃあ、彼氏くんの横に並んで」


 お姉さんには、が理解できるようで、瑞穂からスマホを受け取ると僕の横に立つように瑞穂を促している。


 瑞穂は僕の横に立つとお姉さんの方を向き笑顔を見せる。


「あ~ 彼氏くん表情が硬いよ。彼女さんも彼氏くんと腕くんで!」

 何が始まったの? と慌てている隙に瑞穂が腕を組んできて僕ににっこり笑いかける。


 カシャリ


「お~ いい写真が撮れた。彼女さんも彼氏くんもいい表情だよ」

「本当だ。ありがとうございます」


 瑞穂がお姉さんにお礼を言っているが、僕は意味も分からずボーッとしてしまった。


(瑞穂に腕を組まれた……柔らかかったな……)


「彼氏くん。さっきは釣り合わないなんて言ってごめんね。今のキミは彼女さんとお似合いだよ」


(え、え? なんて‼)


 お姉さんの一言で、またも顔だけじゃなくて全身が熱くなる。


「いや、あの。着替えます」


 僕は慌てて試着室のカーテンを閉めて、今着ていた服を脱ぐ。変に汗をかいて服を汚したらいけない。でもなんとなく手遅れな感じがするのでこのセットは購入だな。



「は~い。彼氏くん、次はこれですよ」

 あ、まだ続くんだ。そういえばカゴいっぱいに持ってきていたよな……




 着替えて写真を撮ってまた着替えてを数回繰り返して試着は全て終わった。


「どうでしたか? 彼女さん」

「全部良かったです。迷いますね……貴匡くん、どうします?」


「ど、どうしますって言われても僕じゃ分からないんだけど……全部買おうかな?」

「え、大丈夫なの?」


「うん、お姉さんチョイスでお値段の張るものは無いから、全部買っても予算以内だよ」

「お買い上げ、有り難うございますぅ~」


 今日一番のいい声でお買い上げコールされてしまった。このお姉さん店員はやっぱりなんだなとつくづく思った。




 紙袋二つ分にもなったので、無料ロッカーにさっき買ったお弁当箱と一緒に預けておいた。


 そろそろお昼のピークも過ぎる時間になっているという事実に驚愕している。

 お弁当箱と服を選ぶだけでどれだけの時間を費やしたのか?


 ク~


 可愛らし音が僕の隣から聞こえてきた。


 そちらを見ると瑞穂は俯いているが耳が真っ赤なので恥ずかしがっていることは明白だった。


「もうこんな時間だし、おなか空いたね。何か食べたいものとかある?」

「あのね……ラーメンが食べたい」


「え? ラーメンでいいの? もっとおしゃれなのもあるよ」

「ううん。お父さんがいなくなってから外に食べに行くことも無くなったし、家で作るラーメンはなんか違うし……だから、ラーメンが食べたい」


 ラーメン屋は女の子一人じゃ入りにくいって聞いたことあるな。


「じゃあ、ラーメンで決定な」

「貴匡くんはそれでいいの?」


「いいに決まっているだろ? さあ行こう。あ、この後映画も見るからニンニクには注意だぞ」

「りょーかい。わ~い、楽しみぃ~」


 瑞穂はラーメン屋に行くだけなのにスキップとかしてるし‼

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