第19話
二人並んでショッピングモールまで歩く。バス通りを真っ直ぐ行けばショッピングモールまでは着くけど、バス通りは交通量も多いし、何しろ徒歩では遠回りになってしまう。
スマホのマップで検索し、ナビを起動する。
「貴匡くん。なにしてるの?」
「僕も一年ほどはここに住んでいるけど、歩いてショッピングモールまでは行ったことはないからね。地図をナビにして道案内させようと思って」
「へ~ そんな事もできるんだね」
『二〇m先右折です』
「おっ、喋った! 喋ったよ、貴匡くん」
「そりゃナビだからな。ただ、スマホをずっと手に持っているのも面倒だよな。仕舞うと音声は聞こえないし……そうだ」
イヤホンがサコッシュに入っていたはずなのでガサゴソ探す。程なく白いコードが見つかりイヤホンジャックにイヤホンを差し込む。イヤホンの片方だけ耳に突っ込み、案内音声だけ聞いておくことにする。
「これなら、分岐では喋るから分かるし、スマホを手で持たなくてもいいから楽だね」
「え~ 貴匡くんだけずるい。私も聞きたい」
瑞穂はそう言うと、プラプラとぶら下がっていたイヤホンのもう片側を自分の耳に突っ込んだ。
「あれ? 何も聞こえな……あ、喋った。左だって!」
瑞穂は楽しそうに声を弾ませる。
「……う、うん」
僕はそれどころじゃない。
今日の瑞穂はかなり可愛い。
家を出る前に『ちょっとだけ見惚れた』と思ったけど、あれは嘘だ。自分に嘘をついてどうするのだとは思うが、見惚れたのはちょっとではない。クラクラするくらいは見惚れた。
デートというのにも驚いた。言葉足らずで瑞穂には勘違いさせたようだけど、僕はただただ瑞穂と毎日デートしていたという事実に驚いていただけなんだ。もちろん悪い方の意味ではない。
今だって一つのイヤホンを二人で片方ずつとかのシチュエーションに目眩がする。ただ瑞穂は単にスマホのナビが初めてで面白がっているだけなんだから僕が変に意識しちゃいけないんだと自分に言い聞かす。
それにしても瑞穂はいつもいい匂いがするけど今日は一段といい匂いだ。肩が触れるほどの直ぐ横に瑞穂がいることを意識してしまったら、ついさっきの決意も砂の壁の如くサラサラ崩れてしまった。
何かイヤホンから聞こえるけど、全然頭に入ってこない。今日の僕は一体どうしてしまったのだろう? 今朝玄関で振り返りざまに見た瑞穂がまぶたから消えてくれない。
「……くん、……た…くん。貴匡くん?」
トントンと肩を叩かれてハッと意識が戻ってくる。
「貴匡くん、どうしたの? ボーッとしちゃって」
「え?」
我に返り、付近を見渡す。
「ここどこ?」
「貴匡くん、ナビも無視してどんどん歩いちゃってここに来ちゃったんだよ?」
「ごめん。考え事してたからナビも聞いてなかったし周りも見てなかった。ごめん」
「ううん。謝らないで。それよりも貴匡くん、調子悪いの? 無理しないでね」
「え、全然なんともないよ。なんで?」
「だって、真っ赤だよ。顔」
取り繕ってなんとか僕も落ち着いたところで、再びショッピングモールに向かった。結構近くまでは来ていたようで、十分ほどで到着した。
このショッピングモールには雑貨屋さんが三軒あって、どれもお弁当の取り扱いがあった。僕らは順番にそれらの店の商品を見比べて回った。結局それらのお店を三周回って最終的に和雑貨屋さんで大小の曲げわっぱの弁当箱を購入することにした。さすが国産の曲げわっぱ。結構なお値段だったけど品物はすごく良さそう。
「でも瑞穂、本当にいいのこれで? 見た目もそんなに可愛くないと思うんだけど」
「いいんです。わっぱ弁当箱はご飯が美味しいって説明に有ったじゃないですか? ……それに夫婦弁当箱ぽっくてすごくいいです」
「ん、ごめん。最後周りがうるさくて聞き取れなかった。なに?」
「ううん。何でもないよ。さあ、はやくこれを買って今度は貴匡くんの服を選ぶよ」
瑞穂はお弁当箱を手に取ると、レジへと向かっていってしまう。僕も慌てて後ろを付いていきお会計を済ます。
お弁当箱の入った手提げ袋を大事そうに抱え、ニコニコと嬉しそうな表情の瑞穂は僕にとって正直直視に耐えられないくらい眩しくて可愛かった。
「ほらほら、行こうよ」
瑞穂が僕の手をとって引っ張る。
僕はただ引かれるがままになるだけだった。
(手汗かいていないかな?)
おかしな考えだけが頭に浮かぶ。初めて手を繋がれて、浮かれるどころか戸惑うばかり。顔も身体もさっきからずっと熱い。
ふと隣の瑞穂を見ると、瑞穂の耳が真っ赤だ。
「もしかして、瑞穂も?」なんて自分に都合のいい考えが浮かぶが直ぐに頭を振って
(今日は人出も多いし、離れ離れにならないように手を繋いだだけだよな。それに、ちょっと今日は気温が高くって暑いから瑞穂の耳が赤いだけ。僕なんかに瑞穂が……あるわけないな)
繋いだ手を離すタイミングが分からなくって、ずっと手を繋いだままショッピングモールの通路を歩き回る。メンズファッションのお店も何軒かあったみたいっだけど、それらに寄ることもなく僕たちはなぜかウロウロ歩き回っていた。
そして見覚えのあるお店の前を通る。このまえ瑞穂の服を買ったお店だった。ちらりと店に視線を向けるとあの時の店員のお姉さんと目が合う。合ってしまった。
お姉さんはものすごい勢いでこっちにやってきて「この前の君たち!」っと僕らを呼び止める。
「わ~ かっわいい‼ 彼女さんのそれって私が選んだ服ですよね。すごくお似合いです。もう、今日はデート? おてて繋いじゃって可愛いんだからっ」
「あ、いや、その……」
僕は慌てて繋いでいた手を放してしまい、言い訳を始めるがお姉さんは聞く耳もたない。
「せ、先日はありがとうございました。貴匡くんも似合っているって言ってくれたので嬉しです」
手を放した瞬間はムッとしたような残念そうな顔をしたけど直ぐに破顔し、お姉さんに挨拶する。
「どういたしまして。それで今日は? あ、分かった。彼氏の服を買うんでしょ?」
「正解です。よくわかりましたね」
「ふふん、何年アパレル店員していると思っているのよ。この前見たのと代わり映えしない彼氏の格好と今の貴方では釣り合わないものね」
瑞穂に否定されない彼氏呼びになぜかちょっと喜んだり、その後の服装ディスりに落ち込んだりと僕の心は乱高下だ。
それにしても「釣り合わない」か。
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