第18話
私の名前は平林瑞穂。
父は数年前に事故で亡くなり母には先日捨てられた。
どこにも行く宛がなかった私は伯父にあたる父の兄、井上純生さんに引き取られた。だけど、慎ましい家である伯父宅には私を住まわす部屋もなかったので下宿荘を営んでいるおばあちゃんのところに住まうことになった。先に一人だけ下宿人が住んでいるらしいけど、伯父さんもおばあさんも「あの子はいい子だから大丈夫だよ」と言っていたので、私は大学生くらいの女の子を想像していた。
高校二年生になった初日。クラスの表は廊下の掲示板に小さく張り出されているだけで、見ている人も殆ど居なかった。クラスの通知はインターネット上で確認するのがうちの学校では普通らしい。インターネット環境のない私には確認が不可能なので、掲示板で自分のクラスを確認するしかない。
教室に入ると黒板に座席表が貼ってあり、自分の名を確認したあとは席につき文庫本を出して読み始めた。特に本が好きなわけでもないが、本は友だちの居ない私が一人でいることに違和感を持たせないマストアイテムになっている。
クラスのあちらこちらで、友だち同士が固まり友だちの友だちがまた友だちとなっていっている様が見受けられる。一際多くの人が集まっているのが、可愛い女の子、水島ゆかりさんのところだ。この私でも知っている学校の有名人。可愛らしくて可憐で行動的な娘。私もあんなだったらどうなっていたのだろうなんて夢想することもあったぐらい。
私の隣の席の男子、大杉くんと言ったかしら。彼も他の人と
「な、何か用事かな?」
なんと、彼に声をかけられてしまった。
「水島さんと仲睦まじいようですが、ここは学校なのでもう少し
嗚呼、何で何で? 私が本当に久しぶり学校で会話した内容がちょっと気になった男の子に嫌味をぶつけることなんて!
「一応僕は拒否しているんだけど…………うん、ごめんね」
更に彼に謝らせてしまった。落ち込んでしまった私はただ前を向いているのが精一杯だった。
数時間後、再び彼に会って会話をするなんてこの時は考えもしなかった。
しかも、伯父さんやおばあちゃんの言っていた「いい子」がまさかの大杉くん、大杉貴匡くんだったとは驚愕を飛び越えて頭が真っ白になるくらいだった。
大杉くんは学校の印象とは違い気安く、おばあちゃんとも私より本当の孫のような振る舞いをしていた。安心した私も、肩の力をいつの間にか脱いていたようで、大杉くんに対しても知らず識らず気軽な態度をとっていた。偶に大杉くんは顔を赤くしていたけど今日はそんなに暑かったけ?
いま私自身が不思議で仕方有りません。
大杉くん改め貴匡くんに私は自分自身のことを話しています。今までどこの誰にも話したことのないような、お父さんやお母さん、お母さんの連れてきた男の話までしています。お買いもに一緒にも出かけています。小馬鹿にされたり、言い返したり、からかったり巫山戯たり……今までずっと憧れているだけで実際にはやったことのない温かい『ふれあい』のようなものが彼との間にあります。
多分貴匡くんが気を使ってくれているんだと思いますが、心地よすぎて甘えてしまいます。
貴匡くんはずっと独りきりだった私に出来た心の許せる人、なのかもしれません。
数日後、貴匡くん自身のお話を聞きました。
衝撃でした。
貴匡くんも孤独だったのです。
私といろいろ似ているところも全く違っているところも有りました。
貴匡くんが私に対して、普通の態度で接してくれていたことに今更ながら気づいたのでした。それが私には心地よかったのです。
貴匡くんも同じだと言っていましたが、大体私に向けられる目は、好奇な目、哀れみな目、蔑むような目、バカにしたような目、普通に接してくれていた人も私の人となりを知ると離れていってしまっていました。
同じ境遇故なのか、貴匡くんが優しい人なのか、私は後者だと思っていますが、本当にごく普通の会話をしてくれます。からかうと可愛く顔を赤らめるのが良いです。だから、私も恥ずかしいけど何度も誂ってしまいます。
あと一つ。
重要な疑問が水島さんのこと。
貴匡くんはもうなんにも思っていないと言っていますが、多分、水島さんは違うと思う。中学生の時に彼女が言った言葉も本心だったのか今では確かめようもないですが、ただ、今現在の彼女の本心は違っていると私の女の勘が警報をかき鳴らしています。
水島さんは貴匡くんのファーストキスを得た女の子です。用心が必要です。
…………そう。この時私はやっと気づきました。この感情は嫉妬だと。
なぜ、水島さんに私が嫉妬しているのか?
理由を考える必要もないですし答えを出すのに一秒もかかりませんでした。
私は貴匡くんが好き。
しかしこんな短い間に彼のことを好きになってしまっていることに私自身の思考が全然追いついて行けないんです。この私が恋をするなんて考えたこともなかったのですから当たり前かもしれません。ボッチで人見知りで、家族もいないどころか捨てられた身の私がですよ。
恋をしているのです。
貴匡くんのことが兎に角気になって仕方ないのです。彼が喧嘩したなんて聞くと居ても立っても居られないのです。ほ・ん・と・う・は!
なのに貴匡くんは隠し事をしたり、嘘をつこうとしたりと忙しい人です。隠しきれないところがまた可愛いと思っている私もだいぶ重症だとは感じています。
ただ、貴匡くんは私のことをどう思っていてくれるのかだけが全然わかりません。嫌われていないことはわかりますが、好かれているのか、もし好きならばそれは恋なのか否か?
一番知りたいことが分からないですし、聞き出す勇気もありません。
今日もまた、私は貴匡くんの思いを知るためにアレコレと恥ずかしながら努力を積み重ねています。
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