第17話

 翌朝の食事の席。瑞穂はいつもは僕の正面に座っているのに、今朝は長テーブルの斜向はすむかいの一番遠い席に座っている。


「なんだい? また痴話喧嘩なのかい?」

「ち、ちが……」


 おばあちゃんの投下した爆弾に瑞穂は被弾し真っ赤っか。


 瑞穂はこれ以上の被弾を避けるためか? 仕方なくか? スルスルと移動しいつもの僕の真正面にやってきた。


「お、男の子だもんね、貴匡くんだって。ちょっとびっくりしただけだから……」

「うん、僕もごめん。もっと見えない深いの方のディレクトリに仕舞っておくべきだったよ」


「ああいうのが『お気に入り』なんだ」

「お気に入りって書いてあるけどただのブックマークだからね。でもう~ん、そうだね。軽蔑されちゃうかな?」


「ううん。そういうのはさっき言ったようにしょうが無いと思う。男の子だもんね。でもちょと嫌だったかな? どうせなら私で……」

「ホントごめんね。あと、最後の方聞こえなかったけど何かな?」


「最後?はっ……ううん何でもないよ」

「そう? ならいいけど」


 僕らは朝食を食べ終わると、二人並んで洗面台で歯を磨き、寝癖を直していく。|かすみ荘は下宿を営んでいるので、共用の洗面台が二台並んで置いてある。便利だけど、並んで一緒に歯を磨くことは特に必要ではない。ただ僕たちの行動パターンがほぼ同じなので一緒になってしまうだけ。なお、寝癖の付いた頭を見られて恥ずかしいなどという考えは初日で消えているのでお構いなく。



 平日のように起きて平日のように朝食を食べるのがかすみわがやの基本なので、洗面まで終わってもまだ八時前なのだ。ショッピングモールの開店が九時半だけど、バスで直ぐ着くし、そもそもオープン直後に行く必要性もないだろうと、僕は部屋でゴロゴロしていた。


「貴匡くん! 何をしているのはやく用意してよっ」

 瑞穂が僕の部屋に入ってきて早々にそんなことを言い出す。


「え? なんで?」


 もし今から家を出たって開店さえしていないのに用意してどうするのさ。というか、瑞穂はこの前買った服をちゃんとコーディネートして着ていて、髪型もいつもと違ってしっかりとセットしてある。いつものポニーテールと違うし、服ともマッチしている。それにちょっとだけメイクもしているのかな。

 僕は寝転んだまま、瑞穂をチラ見している。なんか恥ずかしくて瑞穂を見れない。


 それにしても可愛くていい感じだ。


(あ、そういうことは言葉に出して伝えないとだめだってじっちゃんが言ってたな! 爺さんには会ったことないけど)


「瑞穂。今日の瑞穂は可愛いね。その服も髪型もよく似合っているね」


 そう伝えると、瑞穂は見たことないくらいに顔から首まで真っ赤にさせてあっという間に僕の部屋を出ていってしまった。


(あれ? 褒めたつもりだったんだけど怒っちゃったかな? 何か間違えたのかな?)


 たぶん用意もせずにゴロゴロしていたのがお気に召さなかったのだろうと結論づけたので、僕も着替えて出かける用意をすることにした。


 茶鼠色ちゃねずみいろのパンツに白Tシャツ、蘇芳色すおういろのジップアップパーカーにした。色落ちして洒落た色合いに偶然なった至高の一品だ。


 嘘だけど。ほんと着古したただの色落ち。


 髪型は僕の猫っ毛ではどうやっても決まらないので、適当にワックスつけて誤魔化した。どうせ一時間も経てば何もしていないのと同じ髪型になってしまうのだから仕方ない。


 サコッシュにスマホとか諸々を放り込んだ用意は完了。おっと、いつものチープカシオは忘れない。


「でもまだ八時半なんだよなぁ」

 でも瑞穂が怒っちゃうくらい張り切っていたから歩いてでも行けば丁度いいのかな?


 隣の瑞穂の部屋のドアをノックする。


「っどどどうしたの?」


「いや、折角瑞穂が出かける用意をしっかりしていたから僕も直ぐ用意したんだ。もう行けるんだけど……ただまだ開店まで早いから歩いて行くなら丁度いいのかな、なんて思ってね」


 瑞穂の顔がぱあぁっと明るくなった。

「うん。歩いていこうよ」


 僕は下駄箱からMERRELLのジャングルモックを引っ張り出す。通学用のスニーカーじゃ流石にだめだろうということぐらいは僕にも分かる。ただアウトドア系のシューズで良いのかと問われると答えようはないがこれならごく普通の靴に見えるから平気だろう。


 瑞穂はこの前買ったモカシンを何度か履いて足に馴染ませたそうだから、歩いていっても大丈夫だって張り切っている。


 僕は靴を履くと振り返り、今日はじめて瑞穂の全身を目に収める。 

 何度か瑞穂とは出かけているけど、こんなに頭の先から足先までおしゃれした彼女を見るのは初めてなので、ちょっとだけ見惚れてしまった。ちょっとだけ、な。


「……そいじゃ、瑞穂。行こうか?」

「うん」


 瑞穂はニコニコ楽しそうに僕の横に並ぶ。心なしかスキップしそうな勢いを感じる。


「なんだか嬉しそうだね」

「う、え、そ、そうかな?」


「うん、ものすごく楽しそうな雰囲気がビシバシ伝わってくるよ」

「……正直、楽しいよ。貴匡くんと初めてのデートなんて嬉しいじゃない?」


 初めての、デート?


「デート、なの?」

「デートだよっ、貴匡くんはなんだと思っているの?」


 なんだか瑞穂がすごく驚いている。


「買い物?」

「なんでぇ~ 男の子とおしゃれしてお買い物なんてデート以外のナニモノでもないじゃない‼」


 マジか……


「ん~ じゃ、じゃあ、この前の瑞穂の洋服とか買ったのはおしゃれしていないからデートではないんだな?」

「アレは買い物。いや、あれも買い物デートと言ってもいいのかな?」


 ほんと?


「買い物デート、ねぇ。それじゃ、僕たちが一緒に帰っていたりスーパーマーケットに寄り道したりするのは? ただのデート、それとも買い物デート?」

「ほ、放課後デートってものかも知れないけど……」


 そ、そうなのか?


「じゃあ、僕ら毎日デートしているんだね。土日も殆ど一緒に行動しているしね……」

「そうだけどそうだけど……今日はちがうんだもん……楽しみにしていたのに……貴匡くんが意地悪する……」


 瑞穂はそう言うとあからさまに落ち込んで、更に目には涙を湛え始めてしまう。あ、ちょ、ちが、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……


「ちがっ、ごめん。これは初デートです‼ 今日一日二人きりの楽しいデート‼ そうだ。あそこのショッピングモールは映画館もあるから映画デートもしようか!?」


 慌てた僕は無理やりそう取り繕うと一生懸命に弁解をして、瑞穂をなんとかかんとか宥める。何で僕もこんなに慌てているんだ!?


 瑞穂の口角がクッと持ち上がった気がするけど、多分気のせいだろう。

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