第16話
夜九時、僕の部屋には僕と瑞穂の二人。
瑞穂はほぼ毎日夕食と風呂が終わったら僕の部屋にいる。なんなら僕がいなくたって僕の部屋にいる。
「なんで自分の部屋に行かないの?」
「行っているじゃない。着替えるときと寝るときは」
「そりゃそうだけど……」
「不満なの? じゃあ、着替えるのも寝るのもこっちにしようか?」
「ソッチのことじゃないんだけど、どうせ出来ないくせにまた言っているだけでしょ?」
「……つまんないの」
いい加減同じ
「それでさ、徹平にはスマホのこともお弁当のことも話しちゃったけど、一緒のところに住んでいるのも言っても構わないよね」
「そうね。一緒に住んでいるのに嘘をつくのもおかしいもんね」
「一緒に、じゃなくて一緒の、だけど」
「何か違うの?」
「能動的なのと受動的みたいな?」
「そうなの?」
「……わかんないな」
「貴匡くんもけっこう適当だね」
夜は今までずっと一人きりだったので誰かが
「貴匡くんさ、なんで未だに一人でお弁当をあんな隅っこで食べているの?」
「未だに、とか言わないでよ。僕は一人が良いんだよ」
「でも、私も最近友だちとお昼を食べているけど楽しいよ」
「うん。それはそれで分かるんだけど、僕自身のことをいろいろと
小さい頃から父親とはどこかに行った思い出もないし、食事も一緒のことなんて殆どなかったと思う。それに母親の料理と言っても思い出に残るような料理なんてない。というか、いちいち覚えながら食事なんてしてなかったし。その後はもう家政婦さんの料理だからこれと言った思い出もない。思い出にもしたくない。高校に入ってからはおばあちゃんの料理だからホッとはしたけど、家族の思い出とは違う。どこかに連れて行ってもらった時の〇〇も両親と旅行に行った〇〇も僕には何もないんだ。
「まあ、それを言われちゃったら私もほぼ同じなんだけどね。生前お父さんには遊びに連れて行ってもらったりしている分だけ私のほうがマシかな?」
「ごめん。自分だけが悲劇の人みたいなこと言っちゃって」
「仕方ないんじゃない? 私だってそういうことあるもん。ねえ、それならお昼は私と一緒に食べない?」
「え、瑞穂は友だちと食べているじゃん」
「その子、来週からお昼も部活だから一緒に食べられないって言っていたから平気だよ。私もまた一人になっちゃうから一緒に食べようよ。新道くんにバレたんだからそのうちみんなにも分かっちゃうし、誰かに指摘される前に、ね?」
「……」
『ね?』って可愛く言われたって、こればっかりは即答できないよ……
「いいよ、ね?」
「……」
「私と一緒は、嫌なの? ね、良いでしょ? ね?」
「い、いやじゃないよ……で、でも」
「だめ? 貴匡く~ん、ね?」
「……う…ん、ぃぃょ」
「やた! わーい」
ぴょこんと跳ねて小さくガッツポーズをする瑞穂はちょっと可愛い。
まんまと
一緒のところに暮らしているのだから、同じものが出てきてもおかしくないし、一緒の登下校もおかしくない。二人で会話していたっておかしくない。そうだ、何もおかしくないはずだ。隠そうとするからおかしくなるのだ。そもそも隠すようなことではないじゃないか。なんだか全部良いような気がしてくるから不思議だ。僕と瑞穂は一緒に暮らしている。ノープロブレム、無問題、オールクリアだね。
後日こういった思考を正常性バイアスって言うって知ったのはまた別の話だ。
「じぁあさ、明日の土曜日はお弁当箱買いに行こうよ。今のやつ、貴匡くんのは使い古しているし、私のはタッパーみたいで嫌だから。ね? いいでしょ?」
「あ、ああ。良いよ。じゃ、この前のショッピングモールでいいかな?」
瑞穂は『ね?』のときにさっきから首を少し傾げて可愛く『ね?』を発音する。すごくあざといけど、今の僕には
「ではでは、今度は貴匡くんの洋服を選んで買おうよ。貴匡くんも、もう少しぴしっとした服を着ればかっこいいと思うんだけどな?」
「そ、そうかな? 僕なんて何を着ても代り映えしないと思うんだけど」
「そんなことないよ! 絶対にかっこよくなるから私に任せて。男の子の服を選ぶのは初めてだけど、頑張るから、ね?」
「うん、分かった。お願いします」
予習がしたいという瑞穂にパソコンを起動して貸してあげた。スマホの小さい画面ではどういうのが良いのかわからないんだって。僕にしてみれば画像が大きかろうと小さかろうと何が良いのかさっぱりわからないというのが正直なところ。
瑞穂はカチカチとマウスをクリックしてあちこちページを飛んで、あれじゃないこれじゃないと忙しい。
「パソコンてあまり触ったことないけど、スマホと違ってやっぱり大きい画面は見やすいね! 私も欲しいけど、貴匡くんのを借りれば良いね!」
「そうだね。使う用事があればどうぞ。これはデスクトップ型っていって移動できないから使うときはこっちに来て貰う必要あるけど、瑞穂は毎日来ているもんな。今更だね」
古いタイプのこのデスクトップのセットは父が自宅で仕事用にしていたものをまるまるもらったもの。唯一父にもらったお金以外のものかも知れない。
「あれ? これなんだろう? 『お気に入り』って?」 カチッ
(‼ それは内緒のpornXXXXなアレのブックマークだから押しちゃらめぇ‼)
もう間に合わないと思った僕は、咄嗟にコンセントを引き抜いた。
画面いっぱいに表示された、アハンウッフンな画像。
そうだった。仕事用だったから
瑞穂は自分の部屋にすっ飛んでいってしまった。
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