第12話

「ふぁ、ファーストキス?」

「ゆかりさんとしたんでしょ?」


「ああ、うん。まあ」

「どうだった?」


「え、なにが」

「何がって、キスの……味的なやつとか感触みたいなものよ」


「へ、あ、ふ、ふつう?」

「は? バカにしているの? 普通って何よ? その普通が知りたいわ」


「ん、ごめん。すごく柔らかかった、以外は特に覚えてないかも」

「ふんっ。つまらないの」


 瑞穂はなんだか更に不機嫌になってしまい、ベッドから立ち上がるとそのままドアから隣の自室へ帰っていってしまった。


(ど、どうしたんだろう? なにか気に触るような要素あったかな?)


 ガチャリ


 ドアが再度開き、瑞穂が戻ってきた。

「ど、どうした?」

「……鍵がかかっていてドアが開かないの」


 今日は、自室のドアの鍵をかけていたみたいだな。瑞穂は僕の部屋の窓を開けベランダから今度こそ帰っていった。耳が赤かったので恥ずかしかったんだろう。あのドアも十円玉でグリグリすると簡単に鍵は開いちゃうんだけど、今度教えてあげよう。





 …………………

 …………

 ……


「…………あ………みずほ……」

「なに?」


「……‼ わっ、なになに? なんでいるの?」


 眠りから覚め、目を開けたら目の前に瑞穂がいる。


「なんでって、何度呼んでも起きてこないから今日は私が貴匡くんを起こしに来ただけよ」


「あ、ごめん。ありがと、おはよう」


「おはよう。貴匡くん、さっき私のこと呼んでいたみたいだけど私の夢でも見ていたのかな?」


「…………覚えていない」

「嘘ね。夢の中で答えられないようなことを私にしていたのかな?」


 ボッチのくせに鋭いとかってなんなんだよ。顔が熱いし、今は身体が布団から出られない状態なのだけど。


「まあ、いいわ。早く起きてきてよね。もう朝ごはんの用意はできているんだからね」


 昨夜瑞穂の匂いの残っているベッドと枕にくらくらしてしまい直ぐには寝付けなかったし、そのせいなのか、とてもじゃないが話せないような夢まで見てしまったので、流石に恥ずかしい。


 まずは急いで心と身体を落ち着かせて、階下に急ぐ。


「おはようございます。おばあちゃん」

「おはよう。珍しく貴匡くんが寝坊なのかしら?」


「みたいです。ごめんなさい、直ぐ食べるのでお願いします」


 朝食の用意をおばあちゃんにお願いする。でも、用意してご飯やお味噌汁、おかずを持ってきて配膳してくれたのは瑞穂だった。


「ありがとう。瑞穂も忙しいのに僕の分の用意までしてもらってごめんね」


「用意してあったものを持ってきただけよ。大したことじゃないわよ。寝坊したんだからさっさと食べて身支度しないと遅刻しちゃうわよ」


「はーい、いただきます」

 まずはお味噌汁、と。


「まあまあ、新婚さんみたいね」


「ブハッ! ゲホゲホ」


 おばあちゃんの一言に僕はむせるし、瑞穂は食器棚の角に足をぶつけてうずくまっている。


「あらら、そんなに慌てて食べないの! まあまあ貴匡くんもまだまだ子供ね。あら? 瑞穂、どうしたの?」


 おばあちゃん。

 巫山戯ふざけているのか天然なのか、僕たちがこうなっているのはおばあちゃんのせいなのですけどね……



 今朝は僕が寝坊したので通学は仕方なくバスだ。徒歩だとだいぶ速歩きしないと間に合わないし、それだと瑞穂がついてこられないだろうからだ。

 一方、バスだと反対にかなり時間に余裕が出るので途中のターミナル駅で一旦下車し瑞穂用の交通系の電子マネーのカードを買っていくことにする。瑞穂に聞くと基本僕と一緒に歩いて通学するというので、定期券タイプではないものを券売機で買った。チャージは目いっぱいの二万円いれておいた。純生さんに瑞穂用にと預かった分をチャージしただけなので、瑞穂にはアレコレ言わせない。

 純生さんにお礼を言っておくようにとだけ伝える。



「ねえ、貴匡くん。ここからでも学校まで歩いていけるのかな?」


「ん、そうだね。まだ三十分以上は始業まで余裕があるし、ここからは学校まで十分ちょっとだと思うよ」


「じゃあ、歩かない? 少しでも歩いて体力つけないとね」

「OK じゃあ行こうか」


 駅から学校までは大半の生徒は駅の駐輪場に預けてある自転車で、一部はバスで移動する。徒歩で移動する人は居ないわけではないけど極少数みたいだ。


 僕たちが並んで歩いていく横を自転車がスイスイ追い抜いていく。


かすみ荘うちから自転車で通学するとどれくらい時間がかかるんだろう?」


 瑞穂が聞いてくるが、実は自転車でかすみ荘と学校の間を走ったことがないので、全然分からない。自転車さえかすみ荘に引っ越してくる際に処分してしまったので僕自身が持っていない。


「よく分からないけど、三十分ぐらいで着くんじゃないかな?」

「ふ~ん」


「なんで? 自転車通学がしたい?」

「さっき追い抜いていったカップルが楽しそうだたからちょっと聞いてみただけだよ」


「へ~」

「貴匡くんとふたりきりの時間が半分になるんじゃ歩いたほうがいいな」


「ん? なんか言った?」

「ううん。何でもない」


 ボソボソと口ごもった話し方だったせいで周囲の雑音にかき消されて瑞穂が何を言ったのか聞き逃してしまったけど、大した内容ではなかったようだ。

 心なしか瑞穂の歩くペースが落ちたようなので僕も瑞穂のペースに速度を落とした。疲れたのかな? 



 まだまだ時間には余裕があるのから全く問題はなかったから、二人で周囲の目についたものの話なんかをしながらゆっくりと歩いていった。


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