第11話

 四六時中一緒にいて連絡手段は必要かと問われれば、口頭で十分じゃないかと思わないでもない。


「ま、まあ貴匡くんとこっそり連絡取り合うことが出来るから、やっぱり連絡手段はあった方がいいよね」


「いや、こっそり連絡取り合う必要性はよくわかんない。ただ、通信できるスマホがあれば、最初瑞穂がかすみ荘に来たときみたいに迷子になっても、目的地に着けるし。便利じゃないかな?」


 スマホは連絡手段だけじゃなかったんだ。そもそも僕こそ連絡手段としてスマホを殆ど使っていないや。連絡する相手がいないし……少し悲しくなったな。


「……こっそりが良かったのに……」

 瑞穂が何かぶつくさ言っているけど、そろそろ本題に入らないと。




「え~っと。僕の家族について話すってことだったよね」


「あ、そうそう。忘れていたわ」

 忘れていたんだ…………………


「お、おう。じゃぁ、つまんで話すけどいいかな?」

「おねがいします」


「え~、母親はだいぶ前に死んじゃっていて、父親は海外勤務で日本に帰ってこなくて、僕とは暫く顔も合わせてないし声も聞いていない。けど、必要以上の生活費や経費は振り込まれていて、極偶ごくたまに連絡事項のメールが来るくらいの関係、そういう家族が僕の家族です」


「…………………だいぶ掻い摘んでくれたわね。それより、貴匡くんのお母さんてお亡くなりになっているの? ごめんなさい、余計なこと聞いて」

「いいや、全然構わない。もうとっくに気持ちの整理は終わっているから」




 僕が小学校五年生の秋口だった。学校から帰ると母が倒れていて、父に直ぐ連絡するもつながらず、隣んちの水島さんのおばさん、ゆかりの母親に助けを求めて母は救急搬送された。


 翌々日、意識も戻らないまま亡くなった。末期のガンだったみたいだ。苦しかっただろうに仕事人間だった父にも何も言わず言えず、最期の言葉もなく逝ってしまった。


 その後の父は、更に輪をかけて仕事人間化してしまい、僕の世話は日替わりみたいに家政婦さんがやってきて面倒を見てもらっていた。しょっちゅう可哀相だからって、水島家にお呼ばれもしていたっけな。この頃には若干ボッチ気質になりかけていた僕はあんまり行きたくなかたけど、僕も子供だったからそうそう断れなかった。



 僕が高校に上る直前に、父の海外勤務が決まり、自宅だったところは処分した。


「で、住む場所が無くなり、一人ぐらしする生活力もないのでかすみ荘に来たという次第だよ」


 小学生中学生と親も見かけないのに一人で何不自由なく暮らしているおかしい子供のように周りには見えていたようで、噂や偏見もあり見事にボッチが悪化してしまったんだよな。


「……私とすこし似たような環境だったんだね」

「そうだね。父もお金はくれたけど、居ないのと変わらなかったからね。父は僕と亡くなった母から逃げているんだとは思うんだ」


「逃げているって?」


「『仕事ばかりで妻の身体の異変に気づかず殺してしまった。子供から母親を奪ってしまった。あわす顔がない。自分こそ消えてしまいたい』って言っていたみたい。それなのにそれまで以上に仕事に逃げて、僕の近くからも逃げていまや海外逃亡中だよ。僕の銀行口座のお金や毎月の振り込みは父の罪滅ぼしみたいなもんだと最近気づいたんだ」


「あ、だから今日の買い物の時……」


「そう。父も不器用なだけで、母や僕のことを愛していなかったわけじゃないだなって思ってね。母の命日にはこっそり帰国して墓参りしているし、もう何年も経つというのに再婚どころか恋人さえ作っていないらしいって、同じ会社の人に教えてもらった。父は父でいろいろと葛藤があるみたいだよね。だからって僕も素直に許せるかって言われると微妙だけどね」


「そういうところは私の母親とはぜんぜん違うんだね。似ているって言ってしまって申し訳なかったわ」


「いいや、孤独になっていく過程なんて実際に似ているじゃん。変な噂たてられて変な目で見られて殻に閉じこもってってね。だからなんだろうね、始めから僕たちがなんとなく普通に会話できたのは。似た者同士で通じるものがあったりしたんじゃない? 同じ匂いでもしたのかな? ははは」


 笑い飛ばして暗い話には終止符を打った。もう、この話はおしまいだ。



「つ、ついでにもう一ついい?

「ん? いいよ」


「じゃあ、貴匡くんは水島ゆかりさんといちゃついていたのはなんで? そこはボッチじゃないんだね?」

「ぐぬぬ……それ、聞くんだ」


「何でもどうぞって言わなかったっけ?」

「……言った、ような?」


「じゃ、聞くね。貴匡くんは水島さんとお付き合いしているの?」

「してないです」

「即答ね」


 当たり前じゃないか。ゆかりとは付き合っていないんだから。


「え~ でも水島さんて貴匡くんをすごく構ってくるし、抱きついたりして仲良さそうじゃない?」


 そうなんだよね。傍から見ると絶対に恋人同士の様な振る舞いをゆかりにはされることがあるんだよな。でも、違うんだよな。


「一度」

「ん?」


「一度だけ、勘違いしたことがある。中学生の時、ゆかりのこと好きになってゆかりも僕のこと好きなんだって思ってね、つい、『好きだ』って言ってしまったことがあるんだ。そうしたらね、『私も好きだよ』って言ってくれて、そのままキスまでしたんだ。そこまでは良かった」


 僕は嬉しくて、ゆかりを抱きしめ、ゆかりも僕のことを抱きしめてくれて…………………その後、こう言ったんだ。




『可哀相な貴匡。私が慰めてあげる』




(違う。僕は可哀相な存在でもないし慰めもいらない)


そう思った途端、あんなに好きだったゆかりに対する想いもストンと消えてしまったんだ。


 そのことを含めて、勘違いだったと正直にゆかりには話して納得はしてもらったんだけど、未だにあの調子なので、本当に理解してくれたのか、また違う何かなのかさえ今はわからない。


「そんな感じなんだけど。いいかな?」


「ふん、ありがと」

「あれ? 何か不満なの?」


 瑞穂がなんだかむくれている気がするんだけど、気のせいかな。


「貴匡くんは、もうファーストキスは済んじゃっているんだねっ」

「へ?」



 不機嫌なワケはそこ?



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