第10話

 瑞穂の作った料理は美味かった。おばあちゃんは殆ど横で見ていただけだって言っていたから本当に瑞穂の手料理なんだな。彼女の母親が何もしなかったせいで料理が上手になったという悲しい理由でもあるけど、恩恵に僕が与れたので少しだけ感謝する。


 そもそも瑞穂にもっとたくさん食べて自分の健康状態をいい方向に持っていって貰いたいって気持ちから料理や弁当を作ってと頼んだんだけど、瑞穂の手料理はこれはこれで癖になりそうで困る。お弁当用のおかずにも手を出して、瑞穂に叱られたけど、なんか嬉しそうに一つだけ余分に分けてくれた。




 それで、今はというと風呂も済んで自分の部屋でまったりと過ごしている。


 トントン


 何かが叩かれる音がするが、ドアがノックされたわけではなさそう。


 トントン


 再度音がするが、ドアとは反対の窓から音はした。そちらを見るとベランダを通ってきたのか瑞穂が窓を叩いて鍵を開けろとジェスチャーしている。


 ガラガラとベランダ側の窓を開ける。


「なんでベランダから来るのさ? 普通にドアから来ればいいじゃん」

「え~ なんとなく特別感があると思わない?」


「は? なんで特別感が必要なのか分からないんだけど、まあいいや入りなよ。まだ外は寒いでしょ?」

 あっさりと僕の部屋に入ってくるけど、警戒心とかないのだろうかと心配になる。


「あ~ 貴匡くんところはベッドがちゃんとしている。いいなぁ」

 そう言ってベッドに寝転ぶ。


 なぜそこに寝転ぶんだ? 僕のベッドだぞ?


「あ、あのさ瑞穂。男の子の部屋にいきなり入ってきてベッドに寝転ぶとか無謀すぎないか?」


 僕に女の子の行動を推し量ることが出来るほどのスキルは持ち合わせていない。だから直接、そのまんま聞いてみた。


「だめなの?」


 ベッドに寝転んだまま上目遣いでそう言われると、何も答えられない。何度も言うが僕にはこの状況に対処できるほどのスキルはない。


「いや、あの、その…………………うん、もういい」


 これが僕の限界だ。そう、早期の諦めこそが大事なんだと思うよ。


 僕も瑞穂もお互いに長いことボッチだったので何が正解なのか全然分からなくて距離感が二人してメタメタになっている気がする。


「ねえねえ、貴匡くん。いやらしいことでも考えていたんでしょう? お姉さんの隣に来る?」


 自分の横をポンポンと叩きベッドに来るかと誘っているが、いつものことで、本当に僕が行ったらアワアワするのは瑞穂の方に決まっている。意識しちゃうから止めるように言ったのに絶対にすっかり忘れているに違いない。


「そ、をしに来たんじゃないだろ? それとも瑞穂は僕とをしたいのか?」


 必殺『具体的なことは何も言ってないのに相手に全部想像させて自爆を待つ攻撃』を繰り出してみる。『そんなこと』の具体例はなにも言っていないのに瑞穂は真っ赤になって枕に顔を埋めてしまった。オイコラ、僕の枕に何をするんだ! 今夜眠れなくなるじゃないか!


 …………………不毛な精神攻撃をお互いに繰り広げ僕らは何もやっていないのにかなり消耗してしまっていた。




 ふと、部屋の隅のコンセントで充電していた古いスマホの充電が完了しているのが目に入った。僕はそのスマホを手に持つとそのまま瑞穂に渡す。


「? なに? スマートフォンだよね?」


「僕がこの前まで使っていたやつなんだけど、買い替えたからこれは瑞穂にあげるよ。今、瑞穂が使っているやつすごく古いし使いづらいでしょ? あと、Simカードも明日か明後日には届くから、それも刺して使ってね」


「え、だってお金――」


「あ、代金はスマホの分はいらないよ。僕にとって、もうこのスマホは不用品だしね。音量の物理ボタンが壊れて利かないんで、よくそのボタンを使う僕にとって不便なんだ。その他の機能は普通に使えるから大丈夫だけどね。Simカードは僕名義契約の二枚めのデータ専用カードで割引効いて月額千円くらいでお弁当の手間賃にもならない程度だから気にしないでくれ。あ、動画とか見まくったら直ぐ上限になるプランだからそれはゴメンな」


「それはいいの。でも……」


「スマホはお古で通信はデータのみの小容量少価格なんだから、気にしないで使ってくれよ。てか、ちゃんと連絡がつく方法を持ってくれないとこれから一緒に暮らすのに困るじゃないか?」


 まったく『一緒に暮らすのに困る』とか普通に言える柄じゃないのに。頑張ったな、僕。


「ありがとうね。貴匡くん。使い方は後で教えてね」


「うん。分かった。とりあえず、僕のモバイルwi-fiに繋げて必要なアップデートとアプリだけインストールしちゃおうか。そうすれば、Simカード来たら直ぐに連絡機能が使えるようになるから」


 おばあちゃんとかへの連絡は、必要ならば僕が仲介すればなんとかなるだろう。必要ならSimを通話カードに変えればいいや。


「でもさぁ、貴匡くん。スマホで連絡をするっていっても、私と貴匡くんてクラスも一緒だし、おうちも一緒だし、学校の行き帰りも今の処一緒なんだけど、連絡手段って必要かな? ほぼ四六時中私達って一緒に居るよね?」



「…………………あれ?」

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