第9話

「…………………貴匡くんは、私を甘やかしてくれないの?」

「……ん? なんだって?」

 いきなりどうした?


「だって、これからずっと一緒に暮らすんだし、私達も家族みたいなものじゃない?」


 家族。家族かぁ……家族?


「そうだね。じゃあ、甘やかそうか?」

 瑞穂の頭を撫でてみる、嬉しそうに目を細めて……ハッとして真っ赤な顔になる。


「そ、それは違うっ…………………そういうのもいいけど」

 最後の方はゴニョゴニョして何を言っているか分からなかったけど、頭を撫でるのは違うらしい。


「う~ん、僕も親に甘えたのなんかもう相当前のことだし覚えていないなぁ。今度いいのが思いついたら甘やかしてあげるって言うのでいいかな?」


「……好きにすればいいと思うよ」


 瑞穂の話し方もさっきまでの堅苦しさがなくなっていていい感じ。今までどこか遠慮とか緊張とかあったのかな?


「まあいいさ。兎に角今は帰らなきゃ。夕飯が遅くなったら、おばあちゃんも大変だし、瑞穂の料理もご相伴しょうばんあずかれなくなっちゃうよ」


「そうだよね。かわいい瑞穂ちゃんの手料理が食べたいんだもんね」

「っうぐ」



 僕らは紙袋を幾つも持ってバスに乗り込む。僕も瑞穂もニコニコだ。

 僕にとっても久しぶりに楽しい時間を過ごせたような気がする。


「家族、か」

「ん? 貴匡くん、何か言った?」

「ううん。何も言ってないよ」


 途中、純生さんから連絡が入って買い物は純生さんとおばあちゃんで済ませてくれたので直接帰って構わないとのこと。この荷物を持ってスーパーマーケットで買い物も辛いな、と思っていたので助かった。


「あの、貴匡くん。聞いてもいい?」

「うん、何でもどうぞ」


「あの……貴匡くんのご家族ってどこに居るの? っああ、言いづらかったら答えないでいいからね」

 今多分僕の表情に出たんだな。気を使わせるなんて申し訳無いことをしてしまった。


「ううん、全然、じゃないけど大丈夫。僕からもそのうち瑞穂に伝えておかなければいけないかと思っていたので、ホント、大丈夫だよ。ごめんね、変に気を使わせちゃって」


「急にへんなこと聞いたの私の方だし、もし何だったら夕飯の後でもいいよ」

「そうだね。バスの中でするような話じゃないかも知れないね。その話はまた後でにしよう」






「「ただいま~ 遅くなりました」」

 二人で声を揃えて帰宅の挨拶。車があるので純生さんも居るようだ。


「おかえり。瑞穂ちゃんに貴匡くん。いいもの買えたかしら?」

「おばあちゃん、叔父さん。ありがとう。貴匡くんに選んでもらっていいものたくさん買えました。本当にありがとう」


 瑞穂はそう言っておばあちゃんに抱きつく。少し涙ぐんでいるのは、おばあちゃんも純生さんも一緒だ。うん。家族だなぁって思うな。僕だけは少しだけ離れた位置からみんなを見ていた。


「ねえ、おばあちゃん。貴匡くんとの約束で、今晩の夕飯を私と一緒に作って欲しいんだけどいいかな? あと、明日から貴匡くんと私のお弁当も作るの」


「おやおや、あんた達いつの間にやらそんな仲になっているのかしら? 若いと色々早いのね」


 瑞穂はまた顔を赤くしてアワアワしている。はたから見る分にはおもしろいが、僕も当事者なのでちょっと恥ずかしい。



 純生さんは僕に今日の洋服などの購入代金をこっそり渡すと直ぐに帰っていってしまった。そんなに急がなくても良かったし、金額も多すぎる。今度余剰分で瑞穂に何か買おう。というか次に用意するものは決まっている。



 連絡手段としてのスマートフォンだ。これも大した負担もなく用意できる算段はついているので後でネット申込すれば完了する。後でこれも瑞穂に話しておこう。


「では瑞穂。お夕飯を一緒に作りましょうね」

「お願いします。いろいろ教えてね、おばあちゃん」


「あいよ。婆ちゃんは適当だから上手に教えられるかわからないからよく見ていてね」

「はーい」


 おばあちゃんと瑞穂は楽しそうに台所に消えていった。



(さて、開いた時間でスマホの準備をしてしまおうかな)


 僕は自室に向かい、さっさとネット申込を済ませ、スマホの用意をしておく。スマホの用意っていっても、僕がつい最近まで使っていた古いスマホを初期化して充電しておくだけなのであっという間に終わってしまった。申し込んだSimカードも明日か遅くても明後日には届きそうだ。


 あまりにもあっさりとやることが済んだので、とりあえずやることもないのでゴロゴロと無為な時間を過ごしていた。


「貴匡く~ん。ご飯だよ~」


 瑞穂が階下から呼んでいる声で目を覚ます。いつの間にか寝ていたようだ。久しぶりに昼寝、いやもう暗いのでもう少しでマジ寝になりそう、をしてしまった。


「はーい。今行くよ」

 返事をして、階下に降りる。


「おまたせって、貴匡くん寝ていたでしょ?」

「え? なんで?」


「なんでって、顔に畳の跡がくっきりとついているわよ」

「マジか……」


 それはどうでもいいからと食卓に直ぐつくように促される。


「うわっ、すごい。何今日? お祝い?」

 などと僕が驚くぐらい、平時の食卓とは違うおかずが並んでいた。


「初めて一緒に料理したものだからちょっと張り切りすぎたみたいね」

 おばあちゃんもたまにはやらかしてしまうことがあるんだな。


「食べ切れないものは明日のお弁当になるから、全部食べないでね」


 全部なくなったら明日の朝が大変だから止めてねと、わざわざ釘を差してくる瑞穂。


「さすがに全部は僕でも無理だよ」



「お望みの女の子の手作り料理だよ。たーんとお食べ」


 ニヤニヤと誂われ、ちょっと腹が立つけど料理に箸を伸ばす。



「いただきまーす……美味い」


あれ? ほんとに美味いや。

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