第8話

 ショッピングモールに着いたのは一六時ちょっと過ぎ。服屋さんを何件か見て回って他の店も幾つか回ったとしてもかすみおばあちゃんが帰ってくる時間までには帰れるかギリギリ遅れる程度では済むはずだ。


 早速、洋服屋さんに入店するが僕は女の子の服など買ったこともないし、一緒に買いに行ったこともない。勢いで瑞穂を連れて入ってしまったけど、あとは瑞穂におまかせしたい。


「瑞穂。好きなもの買っていいよ」

「え、貴匡くんが選んでよ」


「僕は女の子の服なんてわからないよ」

「貴匡くんがカワイイ服を私に着せるんじゃなかったの?」


「そう言ったけど…………………」

「じゃあ、選んで」


 自分で着させる言ってしまった手前嫌だと断れなくなったので、なんとか選ぼうとして数枚手にとって見たものの全く分からない。僕自身が着ているのはジーンズにTシャツ、まだ肌寒いのでパーカーを着ているだけでとてもじゃないがおしゃれとも程遠い格好だ。


 さすがに瑞穂に僕と同じような格好はさせたくはないので、恥を忍んで、恥ずかしさを超えて店員のお姉さんに声をかけた。


「すみません。どれをどのように選んだらいいのか分からないので教えて下さい」

「いらっしゃいませ。彼女さんのお洋服を選べばいいんですね」


「いや、あの彼女って……」

 僕の話を聞くこともなく店員のお姉さんは瑞穂を連れて行ってしまった。



 お姉さんはノリノリでいくつかの服を手に取り瑞穂を試着室に招き入れてしまった。


「彼氏さ〜ん、どうぞ〜 彼女さんの可愛い姿を見てくださ〜い」

「いや、だから、彼女じゃなくて……」


 お姉さんに僕は手を引かれて試着室の前まで無理やり連れて行かれた。


「どうぞぉ〜」

「…………」


 びっくりだった。馬子にも衣装では失礼すぎると思うけど、あまりにも似合っていて可愛くなった瑞穂に声も出なかった。


「お、おかしいかな?」


 不安そうに聞いてくる瑞穂に僕は首を振る。


「びっくりした。すごくかわいいじゃないか。それ、いいよ」

「お似合いですよ〜 彼氏さんもびっくりですよ〜」


 お姉さんの彼氏扱いをもう否定するのが面倒になったのでそのまま受け入れる。


「あ、あのあと二~三着ほど彼女に合いそうな服を選んでいただけませんか?」

「おまかせくださ〜い」


 店員のお姉さんはさっきよりも更にノリノリで服を選んでいく。


「い、いいの?」


 瑞穂は申し訳無さそうにそう言うけど、僕はもう自分のものでもないのに買う気満々だし、瑞穂がいくらでもお姉さんの着せかえ人形になってもらってもいいとさえ思っていた。


「気に入ったものは全部買おうよ。いや、買う。なんだかテンション上がる!」


 純生さんもおばあちゃんも金額のことは気にするなと言っていたけど、行き過ぎた分は僕が出しても構わないと思う。


 結局、使い勝手の良さそうなお姉さんコーデを三セットも買ってしまった。でも後悔はない。瑞穂も嬉しそうなのでこちらも満足だ。



 下着もいくつか買ってきてもらったけど、さずがに一緒に入っていく勇気はなかったので少し離れたベンチで待たせてもらった。一緒に店に入っていく男性もいたけど尊敬してしまう。僕には一生無理だと思う。

 支払いも瑞穂に任せたけど、絶対に遠慮して安物しか選ばない気がしたので、ちょっと多めの金額を渡して「全額使い切るように必要数を店員さんに選んでもらって。自分で選ばないようにね」と言い聞かせて店に向かわせた。これはおばあちゃんからの入れ知恵。絶対に体型に合うものを買ってきてとの厳命である。


 瑞穂が下着を買っているのを待っている間にベンチで周りを眺めていると、靴屋さんが目に入った。

(靴も必要だよな。瑞穂の靴……だいぶくたびれた感じだった気がする)


 戻ってきた瑞穂をそのまま靴屋に連れて行って、今度は靴を買う。スニーカーとモカシンとちょっと良さげなサンダルを一気に買う。これは僕でも選べたので、僕の趣味全開だ。




 もっとあれもこれも買ってあげたいけど、そろそろ帰ってスーパーマーケットにも行かなくてはいけない。


「今日のところは一回帰ろうか?」

「…………」


「どうしたの? なにかもっと欲しい物がある?」

 首を振る瑞穂。


「本当に買ってもらって良かったのかな?」

 今まで買ったことも無いような洋服や靴が足元においてあるのを見て呟くそうに言う。


「良いんだと思うよ」

「そうなのかな?」


 最近になってやっと分かってきたんだけど、大人の出すお金の意味って色々あって、中には謝罪や罪滅ぼし的な意味合いのものもあるようだ。子供に対してお金で罪滅ぼしって言葉だけで聞くとモヤッとするけど、それも一つの愛情表現だったりするようだ。


 それで、うちの父親のやっていることが最近やっと理解できてきたけど、父親のそれは間違っていると思うんだよな。まあ、うちの父親のことはどうでもいいや。


「ずっと瑞穂が辛い思いしていたのに気づいてあげられなくて申し訳なかったって言っていたからその分の瑞穂に対する家族の甘やかしみたいだと思えばいいよ。たぶんこの先もいっぱい伯父さんもおばあちゃんも甘やかしてくれると思うよ」


 罪滅ぼしを甘やかしに誤魔化したけど、あながち間違っていないと思うので良いだろう。


「じゃあ私、甘えても良いんだね」

「そうだね。今までの分、いっぱい甘えると良いと思うよ」




「…………………貴匡くんは、私を甘やかしてくれないの?」





「……ん? なんだって?」


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