第5話
翌朝。いつもと同じ時間にいつもと同じように目覚めた。
昨夜は壁一枚向こう側に女の子がいるなんて考える間もなく寝てしまった。
久しぶりの登校とその後の引越の手伝いなど色々ありすぎて自分でも思いの外、疲れていたようだ。
ベッドから抜け出し、寝癖もそのまま階下に降りる。
階段の途中からすでに味噌汁のいい香りがしてきて、腹がぐうぐう煩い。僕は起床直後でも食事ができるタイプなので、それこそ寝起きにステーキだってラーメンだって平気だ、直ぐに顔を洗って食卓につく。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはよう、貴匡くん。悪いんだけど、瑞穂が起きてこないようだから起こしてきてくれないかしら」
本当に? 階段を容易に上がれないんだからおばあちゃんが僕に頼むのは当然なんだけど、女の子を起こすなどというミッションは生まれてはじめてだ。幼馴染のゆかりでさえも朝起こしたことなどない。
朝からカツカレーを食べられる僕の胃もキリリと痛むほどの緊張感を持って、瑞穂の部屋の扉の前に立つ。
コンコン
「…………」
「朝だぞ」
コンコン
「…………」
「起きろ」
ドンドン
「…………」
「おーい!」
ガンガン
「…………」
「出てこいや!」
ヤバい。ここまでやって無反応って……
僕は意を決すると扉のノブを回した。やはり簡単に開いた。
もしかしたらとは思っていたが、瑞穂の部屋の鍵は掛けられていなかった。
僕も部屋の鍵は掛けていないし、そもそもここの扉についている鍵は十円玉で外部から開けられるような簡易なものしかついていない。不用心かと思うかも知れないが、屋内側の扉なんだからそんなもんだと僕は思っている。全く鍵を掛けていない女の子っていうのもどうかとは思うけどな。
「おはよう、瑞穂。起きて? ご飯だよ……」
そろりと頭だけ部屋に突っ込んで、呼びかけてみる。
掛け布団は床に落ち、パジャマの上着はめくれ上がってもうすぐいろいろ見えてしまいそうな状態で、パジャマの下は……
「脱げていてるじゃん……」
まずいな。扉に背中側を向けているので下着だけのお尻が丸見えになっている。
思わず目をそらす。一応の配慮ってやつだ。だから僕は悪くない……って、誰に向かって僕は言い訳しているんだ?
(この状態で僕は彼女を起こさないといけないのか?)
「貴匡くん! お味噌汁冷めちゃうから早くして!」
階下からおばあちゃんが催促してくる。
仕方ない。そう、これは仕方ないんだ。事故のようなもの、起きてこない瑞穂に問題があるに違いない。
僕は決意し、部屋に一歩足を踏み出し、瑞穂の寝ている横に膝を付き彼女の方を揺すろうと手を伸ばし――
パチリと瑞穂が目を開け、僕と目線が絡み合う。
「――何をする気?」
眠気に怒気を含んだ瑞穂の言葉に何も答えられず息を呑む。
次いで瑞穂は自分のあられもない姿を確認し、キッと僕を睨む。
「貴匡くんがやったの?」
僕は首をブンブン振って否定する。
「ふふ、それならそうと言ってくれえばいちゅだって……」
瑞穂はセリフを噛んだ。『いつだって』と言おうとした彼女が噛んでしまったお陰で逆に僕は冷静になれた。
彼女は耳まで真っ赤な顔をして、いつの間にか毛布を自分の身体に手繰り寄せている。
そもそも彼女はこういった類のものに弱かったはずで、おばあちゃんにその手の話を振られただけであわあわしていたくらいだ。えっちなことも含め自分から冗談的には言えるけど、本気だったり他人から言われたりするとあっという間に対処できなくなる初心な娘ってわけだ。何でわざわざそんなことをするのかは分からないけど。
「朝ご飯ができているっておばあちゃんが呼んでいるから早く降りてきてね」
「……はい」
蚊の鳴くような声で瑞穂は返事をすると毛布に潜り込んでしまった。
「瑞穂は登校はどうやって?」
「どうやってって?」
「交通手段はどうするつまりなのかなって」
「貴匡くんは、どうしているの?」
「僕は徒歩。一時間ぐらいはかかるけど、部活もしてないから運動がてら、ね」
「正直言うと何も考えてなかったわ。バスで登校するのが一番簡単だと思っていたけど、私……お金、殆ど持っていないの」
以前はバス登校だったらしいが、その時は母親が渋々定期代を出していたようだ。だけれども、母親が失踪した現在は手持ちに余裕など全然ないのは当然だった。身内といえども久しぶりに会った直後におばあちゃんや叔父さんにお金の無心はしにくくて言い出せていないようだ。
「お金貸そうか? 僕はお金には余裕ある方だから」
瑞穂は申し訳無さそうに首を振る。
「じゃ、一緒に歩いて登校するか?」
パッと顔を上げ、にこやかに頷く瑞穂。
「お願いします」
何だよ、一緒に行たければ最初から言えばいいのにな。
登校しながらいろいろと瑞穂と話す。
「そういえば、瑞穂。連絡先教えてよ」
「無理です。私の連絡先はかすみ荘の固定電話ですね」
「え、教えてくれないってこと?」
昨日今日ですごく仲良くなったと思っていたので結構凹んだ。
「あああ、違います。あの、このスマートフォンですけど、繋がっていません」
「繋がってない?」
「simカードがないので通信回線がないのです。フリーwi-fiでオフライン地図をダウンロードしたりして使っています。これ母親のお下がりなんです」
そう言うとボロボロのスマートフォンを見せてくれた。
「あのさ、唐突なんだけど、一つだけ確認したいんだ。良いかな?」
「はい、どうぞ。何でも聞いてください」
「瑞穂は僕と昨日ほぼ始めて会ったようなものじゃないか。なのに、瑞穂は僕にすごく親しげに接してくれるだろ。学校でのキミを見ると全然違うようだけどそれはなぜかな?」
「……私、お父さんが亡くなったあと変な噂を学校でされたり、母親との生活で疲れ切っていたので、他人との関わりを最小限度にしていたんです。そうしたらいつしか誰も私の周りにいなくなっていました。それが貴匡くんがいう学校での私、そんな感じですよね。私、ぜんぜん楽しそうじゃないでしょ?」
「だよね。つまらなそう。仕方ないから学校に来ているって感じかな」
「なのに貴匡くんとはこういう風に普通に話している。貴匡くんはそれが何でかってことを聞かれているんですよね?」
僕は頷いてみせる。
「それは…………………わかりません」
「は?」
「なんだか最初から貴匡くんに対して嫌な感じがぜんぜんしなかった。いつもなら学校で私から、内容はともかく、話しかけようなんて誰に対しても絶対に思わないのに、気づいたら話しかけていました。それだけでも驚きなのにおばあちゃんのところ行ったら貴匡くんが居るし、おばあちゃんとも気安いですし、なんでしょう? 安心する? 気が置けない? よく分からないけど貴匡くんはなぜか大丈夫なんです」
「ふ~ん」とだけ僕は応えた。
※※※※※※
この先も更新が乱れますがよろしくおねがいします。
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