第4話

「とりあえずさ、寝る場所の確保と明日の学校の用意はしちゃおうよ」


 時間は既に午後四時を大きく回り日が伸びてきたとはいえ外は夕方の様相を見せてきている。


「いざとなったら貴匡くんの部屋で寝かせてください」


「おう、って。ダメだろ。せめておばあちゃんのところで寝てくれよ」

 一緒に片付けをしたり話をしたりしていたからかだいぶ瑞穂がくだけた感じになってきた。笑顔も時折見せるようになり、僕の方がドギマギしてしまうくらいだ。


 ベッドはフレームはなくマットレスだけらしいけど、どこにあるのだろう?


「ベッド、じゃなくてマットレスはどれなの? 見当たらないようだけど」


「え? 貴匡くん、何をする気なの?」

 自分の身体を両手で抱きかかえて、ジト目を向けてくる瑞穂。


「ああ、うん。そういうの要らないから。どこにあるのさ。まだ届いてないとか?」


「ちぇ、つまんないの。もっと貴匡くんも乗ってきてくれないと瑞穂ちゃん寂しいよ」


「はいはい、そのうち乗るよ」

「えっち。私に乗るなんて!」


「ああっ、もういいから。どれがマットレスなの?」

 瑞穂はとうとうくだけ過ぎてきた。まあ、僕に心許してくれていると思えばお巫山戯も許せるよな。


「マットレスはこれだよ」

 直径四〇センチの円柱状の物体を指差し、これがマットレスだという瑞穂。


「これ? 本当だ。マットレスって書いてある」

 すごいなマットレスが丸めてあるんだ。布団を丸めるのとワケ違うと思うんだけどこれは運搬が楽そうでいいな。


「で、マットレスはどこに置くんだ?」

「この壁際でいいかと思うんだけど?」


「この向こう側に僕が寝ているんだけど?」

「知っていますよ。さっき覗いたじゃないですか?」


「なんで、僕がそこで寝ているのを知っていてそこで寝ようとするのかな?」

「なんとなく?」


「「ぷ~ クスクス」」

 ふたりして疑問形で全く意味のないような話をしておかしくなって笑った。


「まあ、分かったよ。ここな」

 円柱状袋を開けるとボヨンとマットレスが出てきた。


「マジ、マットレスだったんだな」

「それ以外ないでしょう?」


 マットレスの下に通気用のスノコだけは敷いてその上にマットレスを設置する。


「貴匡くん。エッチな動画見るときはヘッドホンを使ってくださいね。聞こえちゃうと流石に私も動揺しちゃいますから」


「…………………」


「え? 何か言ってくださいよ。え? 冗談ですよ?」


 僕は静かに片付けに戻る。カラーボックスを組みたてたり、ダンボール箱を開封したり………


「ねえ、ねえ、貴匡く~ん」

 僕の肩を揺すってみたり頭をペシペシ叩いてみたり瑞穂はだいぶ困った様子だ。反省しているようだしもう良いかな?


「瑞穂。僕も男の子だからあまりそういう事言わないでよね。これから一緒に暮らすんだから………あの、その………ね。瑞穂のこと意識しちゃうじゃん」


 ああああ~ 言うんじゃなかった。僕のほうが動揺しまくりだ。顔が熱い、身体も熱い。絶対真っ赤になっている。


 チラリと瑞穂を見ると、瑞穂も真っ赤になってあわあわしている。

「言うんじゃなかった………恥ずかしい」


 かすみおばあちゃんがソロリソロリと階段を登ってきていて僕らの会話をこっそり聞いていたのを知ったのはこの直後だった。


「おばあちゃん、足が痛くって階段登れなかったんじゃないの?」

「だって、面白そうだったから這って登ってきたの。ありがとう。すごく楽しかったわよ」


「おばあちゃん、降りる時どうすんだよぉ」

 僕が聞くと、おばあちゃんは僕を指差し「おんぶ」とさも当たり前のように言うのであった。


 引っ越しの片づけも粗方終わったので、おばあちゃんをおぶって階下に降りる。おばあちゃんは軽いので僕に負担は全然ない。


「さあ、もう七時近いから夕飯にしましょうね」

 僕と瑞穂で茶碗や箸などを用意し、食卓におかずも含め並べていく。


 おばあちゃんは椅子に座って満面の笑顔でニコニコと僕たちを見ている。

「どうしたんですか? おばあちゃん、なんだか嬉しそうですね」

 瑞穂がおばあちゃんに怪訝そうに聞いている。


「瑞穂。あなたが最初に来たときはすごく緊張もしていただろうし、辛そうな感じもしていたのにたった数時間でこんなに可愛らしい表情が出来る女の子になるなんて、おばあちゃん嬉しくないはずないでしょう」


 確かに硬かった表情も口調も大分緩くなっているように感じる。つまらない冗談も言うようになったし、僕との会話も気楽だ。今朝、教室で話したのが彼女だとは今は思えないほどの緩さになっている。もちろん、いい意味でだよ。


 夕飯のおかずはカレイの煮つけ。僕の大好物だ。以前は魚なんて殆ど口すらしなかったんだけどおばあちゃんの料理のお陰で魚好きになった気がする。肉のほうがどちらかと言うと好きだけどね。





「「「ごちそうさまでした」」」


「婆ちゃん、一休みしたらお風呂入って横になりたいんだけど、貴匡くんお風呂の用意してくれるかい?」

「良いよ。確か今日は風呂を洗ってないはずだから、ちょっと時間貰うよ。ソファーでテレビでも見ていて」

「じゃあ、私は食器の洗い物しちゃうね」


 昨日までは僕一人で細々としたおばあちゃんじゃ出来ないことをやっていたんだけれど、今日からは瑞穂と二人で協力して出来るんだ。大したことではないかも知れないけど、なんとなく安心感とホッコリ感が僕の中に出来上がりつつあるのが分かる。




「では、おやすみなさいね。また明日。あなた達も早くお風呂入りなさいよ」

「分かっているよ。いつも直ぐ入っているでしょ?」

 冷めるともったいないから直ぐ入れとおばあちゃんはいつも言うんだ。


「あんた達、一緒に入るんでしょ?」


「「入らないです」」


「そうなの? つまらないわね。ハイ、今度こそおやすみなさいね」

 今度こそおばあちゃんは自室に入っていって寝てしまった。



「貴匡くん、どうする? 本当に一緒に入る?」

「そうしよう、と言ったらどうするつもり?」



「………冗談です、ごめんなさい」





 ちっ、ぬか喜びか。なんてね、思わないですよ。


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