第3話
「荷物を片付けるの手伝うよ」
一人であの荷物を片付けるのはなかなか骨の折れる作業だと思うので、僕は平林に手伝いを申し入れた。
「え、でも。大丈夫です。一人でやるのは慣れていますので」
「そ、そうか。じゃ、隣りにいるから何か手伝いが必要なら声かけてな」
あの量を一人で片付けるとなるとかなり大変だと思うんだけど、断られてしまったら無理に手伝うわけにもいかない。
急に手持ち無沙汰感が出てしまったので自分の部屋を片付けることにする。散らかっていると言われちゃったしな。隣の部屋から聞こえてくるガタガタという物音をBGMに自分の部屋もきれいに片付ける。本は本棚に服はタンスにあとは押入れとベッドの下に押し込んでおしまいだ。
(うん。きれいに片付いた)
「ご飯だよ~」
階下からかすみおばあちゃんがお昼ごはんの用意が出来たって呼んでいる。
平林は聞こえていないのかまだドタバタ何かやっている。空いたままのドアに頭を突っ込んで平林に声をかける。
「平林さん。昼ごはんが出来たってよ」
「ひゃいっ」
片付けに夢中だったようで僕が声をかけたら飛び跳ねた。
僕は涙目になって振り返った平林に謝り、お昼ごはんが出来たと告げる。
「ゴメンよぉ~ 許してよ」
「急に声をかけてくるからびっくりしたではないですかっ」
僕は平林に叱られながら食堂に入る。
「あらあら、痴話喧嘩かしらね。楽しそうでいいわねぇ」
今度はおばあちゃんに誂われて、平林が真っ赤になる番だ。
「おばあちゃん、もうそういうのいいから、お昼ごはんにしようよ」
僕はそう言うと、とっとと食事の用意にとりかかる。
自分のとおばあちゃんの茶碗と箸、味噌汁用のお椀を出したところで気づいた。
「平林さんは食器持ってきた?」
首を振る平林。
「そっか。じゃ、お客さん用があるからこれでいいね」
僕はお客さん用の食器を出して準備していく。
「大杉くん。私も手伝うから教えて」
おばあちゃんと三人で用意を済ませ食卓に着く。
「「「いただきます」」」
「ん、美味い」
僕の感想におばあちゃんは「買い物に行けていないから碌なもんじゃなくてごめんね」と僕と平林に謝る。
「おばあちゃん、とても美味しいです。私はおばあちゃんの料理がいただけるだけで嬉しいです」
「そうかい? そりゃ良かったわ。それと瑞穂はかしこまり過ぎだからもっと貴匡くんみたいにくだけた調子で話してちょうだいね」
「……はい」
それだけ答えると平林はただ黙々と食事を食べるだけになった。
「貴匡くんや」
「なに? おばあちゃん」
「瑞穂と一緒に買い物行って、茶碗とか買ってきてちょうだい。あとは今晩の夕飯のおかずと明日の朝の食パンも。このメモに書いてあるやつを買ってきて。お金はこれね」
昼食の後片付けを平林と一緒にしていると、おばあちゃんに頼まれごとをされる。いつものことなので特に気にせず僕はお金とメモを受け取る。
「それじゃ、着替えたら買い物行こうぜ」
「……え?」
「え、じゃなくて買い物。着替えるの面倒なら部屋着のままでもいいけど、それでいいならなんだけどね」
今、平林は引っ越しの片付けのためなのかヨレヨレのスウェットを着ている。
「着替えます」
「了解。リビングで待っているから。急がなくていいからね」
程なく着替えてきた平林とかすみ荘をでる。買い物といっても遠出などせず歩いていける近所の大型スーパーマーケットまでだ。
「平林さん、それ普段着なの?」
「おかしいですか?」
「いや、ちょっと。個性的だなって思ってさ」
「おかしいってことですよね? はっきり言って頂けると助かります。大杉さん」
「……………」
「大杉さん?」
「お、おかし……」
「おかし?」
「……おかしいです」
クマだかイヌだか分からない変な顔したキャラクターが胸の真ん中に大きく描かれた白地のトレーナーにピンク地に青色のチェク模様のスカート。足元は黒い偽クロックスという出で立ちはなかなかパンチが効いていて個性的だと思われます。
「もう帰る……」
半べそかいて帰ると言い出した平林をなんとか宥めてスーパーマーケットまでたどり着く。
みんなに見られたくないとスーパーマーケットの入り口のベンチに座ったきりの平林を置いて、僕はおばあちゃんに頼まれたメモの品物と平林の食器を買ってきた。平林の食器は僕の独断で決めたけど、あのセンスで食器を選ぶよりはまともなものが選べたと自負するよ。
軽い方の袋を平林に持ってもらい家路につく。
すると平林はポツポツと話しだした。
「私ね。ちゃんとした服って買ってもらったことないの。いつも古着屋さんて一番安く売っている誰も買わないようなものを与えられていたの。だから服装が変なの」
「え、お母さんに?」
コクンと頷く。
「下着だってなんだかわからないサイズが合っていないものものだし、食器だって紙皿に割り箸だったもの」
「………」
「お父さんがいなくなる前はそうじゃなかたんだけど、死んじゃったら、そんな感じ」
「じゃあ、もう何年も?」
「そうよ。学校だけは世間体があるからまともに見えるように行かせてもらえたけど、それもこの前で終わったみたい。私、お母さんに捨てられたみたい。一緒にいた男の人と居なくなってしまったの」
お母さんと一緒にいた男に暴力をふるわれないように丁寧な話し方をするようになったのが今の話し方のようだ。学校での無表情もうなずける話だ。
「学校は続けられるんだろ?」
「うん。純生伯父さんが手続きをしてくれたのでそのまま通うことが出来るみたい」
「良かったな、平林」
「うん。大杉くん、私のことは学校以外では瑞穂って呼んでもらっていい? 平林はお母さんの姓で嫌なの。瑞穂って名前はお父さんがつけてくれた名前だから、お願いできる?」
「分かった、瑞穂。じゃあ、僕のことも貴匡って呼んでね」
かすみ荘に戻って買ってきたものを片付けたら、今度はふたり一緒に瑞穂の引っ越しの片づけをした。
僕たちが名前を呼び合っているのを聞いたかすみおばあちゃんは「まぁまぁ」と嬉しそうに目を細めて笑っていた。
いやいや勘違いですからね?
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