第40話「報われたい」

 翌日、俺は午後から学校に来て部室で一人作業をしていた。


 昨夜のコンビニでの出来事を忘れようと、俺は仕事に没頭していた。時折、睡眠不足からか頭がボーっとするが、そこは気合いとコーヒーで乗り切る。とにかくイマガクを完成させ発行するまでは何が何でもやり切ってやる。俺にあるのはその思いだけだった。


 午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってから数分後、部室に火野がやって来た。


「あれ、湊土くんは?」

「知らん」

「えー。午後の授業いなかったから、てっきりここに来てるのかと思ったんだけど……。それよりあんた一日授業サボって作業してたの?」

「来たのは午後からだ」

「なにそれ。なんの為の学校かわかってる?」


 親みたいなことを言う火野にイラっとした。


「無駄口ばっか叩くな。お喋りしに来たんなら邪魔だから帰れよっ」

「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。作業するよ……ごめん」


 いつもならもう少し言い返してくるのだが、今日は珍しく簡単に引き下がった火野は大人しくデスクに着き校正を始めた。今の俺に火野と言い合いをしている暇はないので助かった。


 しかし、どうしてか心が落ち着かない。それは終わりが見えない作業への焦りなのか、部室にやって来ない湊土への苛立ちなのかは自分ではわからない。わからないことが更に俺の心を乱していた。

 火野が部室に来てから二〇分ほどしてからようやく湊土が部室に姿を現した。


「遅いぞ。早く作業しろ」

「う、うん。遅れてごめん……」


 湊土はパソコンの電源を入れて立ち上がるのを待っていたが、その表情は冴えない。

 どうせ昨日の一件を気にしているのだろうが、そんなのは個人の趣味だ。俺にはどうでもいい。作業さえしてくれれば、あとは好きにやればいい。


 黙ってもくもくと作業を続けていたのだが、湊土は俺に何か言いたげにこちらをチラチラと見ている。


「なんだ?」

「えっ?」

「さっきから俺の方を見てるだろ。何か言いたいのか?」


 俺から声を掛けたのが意外だったのかキョドるだけの湊土。


「ないならいい。作業を続けてくれ」


 俺が自分のパソコンに目を移すと湊土の深呼吸が聞こえた。


「あ、あのハル。昨日のことだけど……」


 やっぱりそれか。


「その話ならしなくていい。悪いが俺は興味がない。それと今は仕事以外の話は聞きたくないんだ」

「興味がないか……。そうだよね。ごめん、こんな時に関係ない話だったよね……ごめん……」


 消え入りそうな声で謝ると湊土は沈黙した。

 この状況でもうこれ以上、俺を悩まさないで欲しかった。いくら俺でも抱えきれないこともあるんだ。


「え、湊土くんどうしたのっ?」


 火野が大きな声を出す。俺は反射的に湊土に顔を向けると、大粒の涙をポロポロと流す湊土の姿があった。


「な、なんでもないよっ。大丈夫だからっ」

「大丈夫なんかじゃないよ。日下部、あんた湊土くんになんか言ったんでしょ?」


 なんで湊土が泣いているのかわからない。さっきの俺の言葉のどこかに原因があったのか。それとも、ただ単に自分の趣味がバレたのが恥ずかしかったのだろうか。


「少しはまともになったの思ってたのに。それどころか前より酷くなってるじゃん」


 湊土の肩に手を置いた火野は俺を睨んでいた。

 ふざけんな。俺は何もしてない。


「……知らねえよ」

「じゃあ、なんで湊土くんが泣いてるのっ⁉」

「だから知らねえって言ってんだろっ‼」

「二人ともやめてっ。違うんだよ……ハルのせいじゃないんだよ。僕が悪いんだよ……」


 言い争う俺たちに湊土は涙を堪(こら)えて仲裁した。


「でもさっき何か話してて、それからだよね。その……湊土くんが」

「確かにそれもだけど、本当はもっと大事なことがあるのに……それを考えてたら、なんだか涙が出てきちゃって……」

「大事なこと? まだなんかあんのかよ……」


 俺が訊くと湊土は申し訳なさそうな表情で頷いた。


「ごめんハル。すぐ言おうとしたんだけど、必死に頑張ってるハルのことを思ったらすぐには言い出せなかった……」

「そんなのいいから、何の話かを言えよっ⁉」

「金魚鉢先輩を掲載するのが駄目になったんだよ……」


 は? なんだよそれ。


「嘘だろ。ははっ……」


 突然のことで感情が整理出来ない俺は思わず笑ってしまっていた。しかし湊土は真剣な顔で、


「昼間、先輩から直接聞いたから嘘じゃないよ」


 と俺の目を見て言った。


「ね、ねえ湊土くん、理由はなんなの?」

「四日前のあの出来事。元々は金魚鉢先輩を特集した記事が原因だから。しばらくの間はFP同好会に関わらないよう学校に言われたって先輩は話してた。だから残念だけど表紙に金魚鉢先輩は使えない」

「そ、それって、もしかして特集ページもなしってこと?」

「うん……せっかく撮ってくれた写真だけど全部使えない。特集ページもカットしなくちゃいけない。ごめんね桃火ちゃん」

「そんなぁ~……」


 ここまで頑張ったのに…………。


「悔しいけど、どうしようもないよ。それよりこれからどうするか考えようよ。今からでも代わりの人を探すか、それか人を使わずに風景とか小物だけの写真にするとか、おしゃれなイラストとか。ネットでいろいろ雑誌の表紙を探してたらそういうのも有りかもって思ったんだ」


 イマガクを発行しようと必死で頑張ったのに…………。


「そっか。いつもAOIちゃんが表紙だから人じゃないとダメって思ってたけど、そういうのも有りなんだよね。それだといつもと違って特別感が出て良いかもっ」

「うんっ。僕もそう思う。もう今回はいつもと違うんだから、それならそれで振り切っちゃってもいいんだよ」


 結局そうなるのか…………。


「うんうん。わたしは全然いいと思う」

「ありがとう。ハルは……どう思う?」


 なんで…………。


「ちょっと日下部。黙ってないで、あんたはどう思うの?」


 そういうことか…………。


「ハル?」

「…………知らねえよ」

「えっ……」

「ちょっとその言い方なんなの? せっかく湊土くんが色々アイディア出してくれてるのにっ!」

「もう知らねえよっ! どいつもこいつも自分勝手なことばかり言いやがって、ふざけんなよっ! なんでいつもいつも俺が馬鹿にされないといけないんだっ!」


 ――なんか勘違いしてない?

 もういいよ。


「俺ならどれだけ馬鹿にしてもいいのかっ⁉ どれだけ傷付けてもいいのかっ⁉」

「ハ、ハルっ。落ち着いてよ、なんのこと言ってるかわかんないよっ!」


 ――あんたのいい人って

 だから、もういい。


「うるせえ、お前だって俺を馬鹿にしてんだろ、だからあんな恰好してたんだろっ‼」

「そんな……。僕は……」

「もうやめてよっ、せっかく三人で頑張ってたのにっ! なんでそんなこと言うのっ⁉」


 ――どうでもいい人って意味だよ


「お前らだって俺をどうでもいい奴って思ってんだろっ‼」

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