最終章
第38話「AOIの代役」
まずは本当に美空が居ないとAOIには連絡も取れないのか確認する必要がある。
学校に戻ると湊土は早速AOIと連絡を取ろうとSNSを開いたのだが、DMは閉じられていて直接AOIとは連絡が取れなかった。
火野はコメントを残せばいいんじゃないかと提案するが、AOIの写真や動画一つには数千件のコメントがあり、そこから俺たちのコメントを拾ってくれるのを待つのは現実的ではない。締め切りは十日後に迫っているのだ。
そこで俺たちはAOIの代役を探すことで話を進めたのだが。フォロワー百万を超える人物の代役なんて、そうそう見つかるものじゃない。仮にいたとしてギャラがいくらくらい必要になるか見当もつかない。
早くも暗礁に乗り上げた俺たちは、ため息ばかり吐いていた。
「AOIくらい顔が良くて、さらに知名度があって尚且つギャラが安い人物……」
俺は自分で呟いてそんな人物がいるはずないと改めて認識し、そして思い知る。部長と美空がどれほど偉大かということを。
「だったらやっぱり美空さんに頼んでAOIちゃんに連絡取ってもらおうよ。それしかないよ」
「桃火ちゃん、部長も言ってたけど美空さんは自宅謹慎だよ。それにそれじゃ僕たちだけで作るって宣言した意味がないし、美空さんも駄目だって言うに決まってるよ」
「で、でも……。AOIちゃんの代役なんてどこにもいないじゃん……」
湊土と火野のどちらの言い分も理解出来る。それだけにどうすればいいか答えが出ない。八方塞がりとはまさにこのこと。
「やっぱり俺たちだけじゃ無理か……」
何か良い手はないだろうかと思考を巡らせるが、考えれば考えるほど頭の中はグチャグチャになり何も思いつかない。
沈黙の中パソコンのファンが回る音だけが部室に響いていた。
「……あの。僕に一つだけ――」
「やっほぉ~。みんな元気ぃ?」
湊土が何かを言いかけたが、それを遮るあっけらかんとした明るい声。
金魚鉢黄金が両手になにかを抱えて立っていた。
「あ、黄金先輩だっ」
「ふふ~ん、桃火ちゃん。はいこれー」
金魚鉢は抱えたものをバラバラとデスクに置いた。大量のお菓子だった。
「みんなそんな暗い顔してないで。ほらっ、優しい黄金がお菓子持ってきてあげたから食べてね」
「こがねせんぱい。ありがふぉうございまふっ」
金魚鉢が言う前に既にお菓子を口にしていた火野は、口をモゴモゴとさせながらお礼を言う。
「お前、飲み込んでから喋れよ。それにがっつき過ぎだろ」
「いいじゃん。お腹空いてたんだから」
俺たちのやり取りを金魚鉢は笑う。ただ、湊土だけは何か言いたいことがあるようでブスっとした表情を向けていた。
「金魚鉢先輩は何しに来たんですか? もう生徒会長選挙はなくなったんですから、ここに用はないですよね」
少し棘のある言い方。選挙で戦う予定だったあの高飛車女が美空たち同様停学になったことで立候補が取り消され、候補は金魚鉢一人になった。金魚鉢は戦わずして生徒会長の座をほぼ確実にしていた。
結局今回の騒動で一番の得をしたのは金魚鉢だ。湊土はそれを良く思っていないのだろう。しかし金魚鉢にそれを気にする様子はない。
「んふふ~。ところでみんなはここで何してたの? 来月号のフリーペーパーは作らないんでしょ? 電話で美空ちゃんはそう言ってたけどぉ」
「そ、それは……」
「あれでしょ。美空ちゃんに内緒で作ろうとしてるんでしょ~? 美空ちゃんが知ったら怒るだろうなぁ、いいのかなぁ?」
悪戯っぽく笑う金魚鉢にドキリとした。湊土も同じことを感じたのか言い返す。
「そ、それがどうだって言うんですか? まさか美空さんにこのことを告げ口するつもりですか⁉」
「え~、なんで黄金がそんなことしなくちゃいけないの~?」
なんともとぼけた顔で言うと。金魚鉢は俺たちの顔をじっと眺め表情を変えた。
「今回の件は黄金の責任でもあるから。それで美空ちゃんが頑張って作ってたイマガクが出せないなんて黄金だって許せないんだよ。だからね、黄金もみんなに協力しようと思ってここに来たんだ。黄金は三人の味方だよ」
この女はこの女で責任を感じていたらしく、それを言いにわざわざ来たのだ。そして俺たちに協力すると言った時の表情は、それまでのホワホワしたものでなく真剣だった。
「黄金先輩……。やっぱカッコいい……」
信者である火野はポーっとした顔で呟く。
「黄金なんでもするつもりだから、出来ることなら遠慮せずに言ってねぇ。でも黄金に出来ることっていったらぁ……やっぱりモデルとかかな~?」
と、いくつもポーズをとる金魚鉢。
おどけた口調だが長身に長い手足の彼女のそれは、なかなか様になっている。もちろんAOIほどの知名度がある訳ではないが、容姿だけで言えば金魚鉢黄金は相当なものだ。決してAOIにも引けを取らない。
「本当ですか⁉ 黄金先輩ならAOIちゃんの代役も任せられます。ねっ日下部っ」
問題が解決したと笑顔を見せる火野。
知名度などの問題もあるが、今の俺たちに金魚鉢以上の人材を見つけられない以上、彼女に任せるしかないのだろうかと俺は考え込む。
「湊土くんはどう? 黄金先輩なら問題ないよね?」
「えっ。うん……どうだろう?」
歯切れ悪く答えた湊土。あまり納得していないようだ。
「えぇ~。二人は黄金だと嫌なの?」
金魚鉢は俺と湊土の間に入り、交互に俺たちを見た。こうして改めて金魚鉢の顔を近くで観察すると驚くほど整った顔をしている。白い肌に細く高い鼻。そして大きなヘーゼルの瞳は神秘的なものを感じさせる。
「はあ……。AOIの代役は金魚鉢先輩にお任せします。よろしくお願いします先輩」
「あれ~? なんだか今日の元日くんは素直すぎて面白くないなぁ」
「面白いとか面白くないとか意味わかりません。それといい加減離れてください。香水臭いです」
「あはは~。それでこそ元日くんだよぉ」
払いのけると金魚鉢は嬉しそうに笑っていた。
とりあえずAOIの代役は金魚鉢で決定した。最初の問題をクリアしたことで少し肩の荷が下りた。
「そういえば湊土、さっき何かいいかけてたよな。なんだったんだ?」
「え、ああ……。いや、もういいよ。それよりハル、明日から頑張ろうね」
明日から忙しくなるのを思うと若干気が滅入る。だがやると決めたからには最後までやり切るしかない。
こうして部長と美空不在のイマガク制作がスタートしたのだった。
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