第37話「部長と美空の思い」

 玄関で靴を履きながら三人それぞれがため息を吐いていた。


「変だよ。部長はともかくあの美空さんが簡単に諦めるなんて」と湊土が呟く。


 その気持ちはよくわかる。俺もあの美空が停学如きでここまで弱気になるのは何か引っかかる。そもそも何故美空はあの高飛車女にそこまで激怒したんだ? データが残っているのを俺や湊土はともかく、美空が知らないなんてあり得るのか?


 考えれば考えるほど疑問が残る。そして何かを忘れているような気もしてきた。なんだ、何を忘れている? 

 肩に妙な違和感を感じる。いや、むしろ感じない?


「あ、部長の部屋に鞄忘れた」

「なにやってんのよ日下部」


 呆れた顔で火野は俺を見るが。


「お前が急かしたからだろ。……ちょっと鞄取って来るからお前ら先に帰ってろよ」


 俺はそう言い残し部長の部屋に戻った。


 部屋の前まで来てドアをノックしようとした時、中から二人の声が聞こえてきた。


『ごめんね……。私のせいでこんなことになって……』

『気にしなくていいよ。悪いのは美空じゃないんだから』


 声はもちろん美空と部長なのだが……なんだか雰囲気があやしい。

 美空? 今、部長は美空と呼んだか?


 いつもは美空のことを編集長と呼んでいるはずだ。さっきだってずっと編集長と呼んでいたのを聞いていた。

 そんなことを考えていると俺は鞄を取りに帰ったのを忘れ、二人の会話に聞き入っていた。


『でもでも、やっぱり悪いのは私だよ……。皆に迷惑かけちゃった……』


 なんだ美空の喋り方は……。

 いつもの美空と違ってなんというか甘ったるくて……気持ち悪い。


『確かに美空も悪いかもね。データ残ってるの知ってるんだから、あそこまでする必要はなかったよね』

『うぅ……言わないでよ……。蒼ちゃんの意地悪……』


 そっ、そ、蒼ちゃんっ⁉

 確か部長の本名は風間蒼風(かざま そうふう)だったよな。だ、だから蒼ちゃんか…………。うっ、なんだか吐き気が……。


『あははっ、ごめんごめん。冗談だよ、ちゃんとわかってるから。美空は皆が一生懸命作ったものを傷付けられたのが許せなかったんだよね?』


 部長も美空への対応がいつもとはかなり違う。二人が気心の知れた仲だというのは同好会に入ってわかっていた、普段は美空が部長を尻に敷いているのに……。やばい、眩暈がしてきた。


『当たり前だよ。蒼ちゃん、湊土、元日、黄金。火野さんも手伝ってくれた大切なものなんだよ。それを自分の利益の為に消すなんて……許せないよ』

『そうだね。……やっぱり来月号を出さないって勝手に決めたのは悪かったかな。湊土くん最後まで納得してなかったし、日下部くんは自分の責任だなんて言ってたね。彼大丈夫かな?』

『うん。湊土は強い子だから大丈夫だと思うけど、元日は心配。気にしなくていいって言ってあげたけど気にしてそう。あの子いつも強がってるけど本当はそうじゃない気がするから心配……』


 別に俺は強がってなんかない。…………たぶん。


『本当に美空は日下部くんのこと好きだよね。なんだか妬けちゃうよ』

『す、好きって、違うよ。わ、私が好きなのは……蒼ちゃんだけだから』


 うわぁ……。

 軽い気持ちで二人の会話を聞き始めたんだが、とんでもない内容に俺は動くことが出来なかった。ノックしようとした手もそのまま宙に浮いている。


『でも私のせいでごめんなさい。印刷出来ないと蒼ちゃんの家大変だよね。……うっ……う……』


 も、もしかしてだけど泣いているのか? あの美空が⁉


『心配しなくていいよ。一回、印刷が飛んだくらいじゃウチは潰れないよ。美空は心配しなくていいから。だから泣かないで』

『で、でも……。これでもう広告が集まらなくなるかもしれないんだよ。やっぱり高校生だけじゃ駄目だった、なんて言われちゃうんだよ。そしたらイマガクは終わっちゃうよ……。せっかく二人で頑張ってきたのに。湊土と元日も頑張ってたのに、私のせいで全部なくなっちゃうよ。せめて蒼ちゃんだけでも停学にならなかったよかったのに……』


 同好会の立ち上げ当時の話なんて知らなければ興味を持ったこともない。それでも二人の高校生だけであれだけの物にするのは相当苦労したはずだ。


 俺は同好会に入って二か月も経っていないが、物を作るというのは大変なのだと実感した。それを本当に何もない所から作り上げるなんて俺では想像も出来ない。本当に凄いことだとしか言いようがない。


『けど、AOIの撮影は美空なしじゃ無理だし。もう今回は諦めよう。沢山の人に謝らないといけないだろうけど大丈夫だよ、僕も一緒に謝るから。二人でいっぱい謝ろう。それでも駄目だった時は、また一から頑張ろうよ。今度は二人だけじゃないんだし、湊土くんも日下部くんもいる。火野さんだって協力してくれるはずだよ』

『…………うん』


 ……………………。


 結局鞄は取りには入れなかった。代わりにある思いを胸に俺は部長の部屋から離れた。



 俺が部長の家から出ると湊土と火野は退屈そうに壁にもたれかかっていた。


「おっそーい。っていうか鞄は? あんた何しに戻ったのよっ!」

「鞄はどうでもいい。それより二人に訊きたいことがある」


 俺が言うと二人は顔を見合わせ、


「なによ?」

「なんでも聞いてよ」


 と返した。


「部長と編集長はああ言ってたけど、二人はそれでいいと思うか?」

「良い訳ないじゃん。僕は少しも納得してないんだからっ」


 湊土は即答してくれた。火野は俺が顔を向けて数秒経って口を開いた。


「……ぶっちゃけ、わたしは部外者だからどうするのが良いのかわかんないけど……。けど、せっかく撮った黄金先輩の写真を無駄にしてほしくない!」


 火野の言葉に湊土は笑顔を見せ、今度は俺にこう訊いた。


「ハルはどうなの? ハルの意見も聞かせてよ」

「俺だって納得してないし、既に作成したページも写真も全部無駄にはしたくない……」


 部長や美空が何故あんなにあっさりとイマガクの発行を諦めたのかはわからない。それでも二人がどんな思いでイマガクを作ってきたのかを知ることは出来た。それならやるしかないだろ。

 他人の意見や悪意なんかで自分を曲げちゃ駄目なんだ。誰にも媚び諂わない。後悔しないと決めただろ。


 俺はバチンと自分の頬を叩いて気合を入れた。


「イマガク作るぞ。俺たちだけでも作るぞっ!」


 俺が宣言すると二人は不思議そうに俺を見ていたが、湊土はすぐに理解してくれた。


「そうだよ。僕たちだけで作っちゃおうよ。それで二人を驚かせようよ。ね、桃火ちゃんっ」

「もちろんっ。わたしだって悔しいもんっ!」


 三人の思いは同じだった。一年生の俺たちだけでフリーペーパーを作ってみせると。

 今後の予定を立てる為、俺たちは高ぶる気持ちのまま学校へ戻り作戦会議に入った。

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