第36話「緊急会議」
その後、部長から湊土に連絡が入り放課後に召集がかけられた。
場所は部長の自宅兼仕事場の印刷会社。湊土がそれを俺に伝えた時、近くに居た火野も行くと言い出し俺たち三人で部長の家に訪れていた。
部長の部屋に入るとベッド脇に座り電話をしている美空が居た。
「うん、大丈夫だって。黄金の責任なんかじゃないから。だからもう謝らなくていいから」
電話の相手は金魚鉢のようだ。それにしても朝とは一変して美空の表情は明るい。
「あっ、元日たち来たから一旦切るね。うん、また連絡して。こっちからも連絡するから。じゃあね。ありがとう」
部長に促され俺たちが腰を下ろすと、美空と部長は俺たちに深く頭を下げた。
「ごめんなさい、やってしまいましたっ。二週間の停学です」
「僕も十日間の停学になっちゃった。あはは」
おどけた口調の美空。部長は参ったよと頭を掻く。
「なんでですかっ⁉ 美空さんは何も悪くないじゃないですか⁉」
湊土は二人の停学という処分を聞き動揺したのか大声を出した。
美空はそんな湊土に対して苦笑いを浮かべ、
「まあ、仕方ないじゃない? 理由がどうであれ結果的に私が怪我させちゃった訳だし……」
「そ、それはそうですけど、それでも納得出来ませんよ……。部長まで停学になるなんておかしいですよ⁉」
部長まで停学になるのは俺も納得いかない。部長は美空を止めていた立場じゃないのか?
「僕もそう思うんだけど、僕も現場に居たから連帯責任だって。ほら、僕たちのやってることって部活や同好会の限度超えてるからね。そこで無暗に噛みついて変に目をつけられたら今後の活動がやりにくくなるから。今回は甘んじて処分を受け入れたんだ」
「そんな……」
「納得は出来ないだろうけど、どうか堪(こら)えてくれないか?」
部長に諭され湊土は口を閉じたが、全く納得していないといった表情だ。それは俺もだ。学校側の判断は間違っている。
ただ、それ以上に俺には後ろめたさもあった。そもそものきっかけを作ってしまったのは俺なのだと。
「部長、美空さん。すみませんでしたっ」
俺は二人に頭を下げ謝罪した。
「く、日下部くん、どうしたのっ⁉」
「ちょっと、なんで元日が謝るのよ。っていうかあんたに謝られると気持ち悪いんだけど……」
言うに事欠いて気持ち悪いとは……。
いや、それはどうでもいい。それより今は謝罪をしなければならない。こんな事態になって知らんふりをすれば、俺はもうこの同好会には居られない。そんな気がしたから俺は高飛車女の件を部長と美空に全てを洗いざらい話した。
俺が話し終わると美空は短くため息を吐いた。
「まったく、あんたも黄金も……。私の周りにはまともな人間は居ないのかしらね。どうしてそのことを黙ってたの?」
「別に黙っていたとかではないです、俺からすればいつものことなんで。ただ今回はそのせいでこんな事態になってしまって――」
俺の言い訳に怒ったのか美空は自分の脚を強く叩いた。
「なに勘違いしてんの。私が言ってるのは、そんな面白いことがあったのに何で黙ってたのかってことよっ」
は? どういうことだ?
「黄金もさっき電話で自分のせいだとか言ってたから何事かと思えば……。そもそも元日がやらかすことなんて初めからわかってんだから。あんたはそんなこと気にしなくていいの。あんた最近大人し過ぎるから、むしろもっとやらかしなさいよ。そして面白い話があればすぐに私に報告しなさいっ!」
理解するまで少し時間がかかったが、どうやら美空は金魚鉢が高飛車を言い負かしたのを面白話だと思っているようで、その面白話を言わなかったことに怒っているらしい。
湊土が俺に言った通り美空は俺を責めなかった。
それどころかもっとやらかせと言う。ただ、そう言われると何とも微妙な思いになる。それに、やはり責任は感じてしまう。
「でもデータ消されて……このままじゃ締め切りに間に合わないじゃないですか」
「ああ、それなら大丈夫だよ」と部長。
それに反応した俺と湊土。
「「それは、どういうことですか?」」と見事なハモリを見せた。
「あはは。データはねパソコンのハードディスクだけじゃなくてクラウドにも保存してあるから無事なんだ。ちゃんと確認済みだから安心してよ」
そう言い笑う部長に湊土は「なんだ~」と安堵の声を上げていた。
俺も内心ホッとした。正直、大声を出しそうな程嬉しかった。というか湊土はそんなことも知らなかったのかよ⁉ 俺も知らなかったんだけど……まあ、それはいい。今はデータが残っていたことを喜ぼう。
「じゃあ部長、締め切りには間に合いますね」
湊土の問いに部長は何やら複雑な表情を浮かべた。
「なんだか、ぬか喜びさせたみたいでごめん。はっきり言うと来月号は出さない。編集長と話し合ってそうすることにした」
勝手に決めてごめんと部長は俯いた。
「ど……どうしてですか⁉ データが消えてないんだったら出しましょうよ。そりゃ部長と美空さんが居ないのは大変ですけど、今はハルだっていますし何とか締め切りには間に合わせますよ。ねえ、ハル⁉」
「お、おう。俺の責任でもあるし、お前がやると言うなら俺も全力を出す」
俺の言葉に湊土はうんうんと頷き、今度は火野に向かう。
「桃火ちゃんだって協力してくれるよね⁉」
「えっ⁉ う、うん。そりゃわたしで力になれることならなんだってするよ。その為にここまでついて来たんだしっ」
火野は両手で握りこぶしを作って湊土に答えた。
「ほら、桃火ちゃんも協力してくれるって言ってます。部長たちが不安なのもわかりますけど僕たち三人で力を合わせれば大丈夫ですよっ」
締め切りまで残り十日。広告はあらかた集まっているので、前回のようなイレギュラーさえなければ俺と湊土の二人だけでもやれないことはない。それに部長と美空が停学と言っても何も出来ない訳じゃない。スマホを使えば写真や動画、電話でいくらでも指示が出せる。データの作成だって部長なら自宅でもやれる。なんの不都合もないはずだ。
湊土はなんとか来月号を出そうと説得するのだが、部長と美空の表情は晴れない。
「残念だけど無理だよ。AOIの撮影がまだ済んでいないんだ。イマガクはAOIで持っているようなものだから、彼女なしのイマガクは考えられない」
「撮影はこれからすればいいじゃないですか。桃火ちゃんが撮ってくれますよ。部長も美空さんも桃火ちゃんの写真を褒めてたでしょっ」
「前にも言ったけどAOIに連絡が取れるのは編集長だけだ。それに編集長が居なければAOIは絶対に来てくれない。今日は緊急事態だから編集長もここに来たけど、本来は自宅謹慎しなくてはならないんだ」
当たり前のように美空が居たので疑問にも思わなかったが、停学が決まった日に家から抜け出すなんて本来は許されない。撮影なんてもってのほかだ。
奮い立った俺たちの心は部長の言葉に一気に消沈してしまった。
「だからもうこの話は終わりにしよう。編集長がここに来てるなんてことが学校にバレれば停学だけじゃ済まなくなるかもしれないんだよ。そうなってもいいの?」
何も言い返せない俺たちは黙り込むしかなかった。
「皆ごめんね。もう決まったことだから勘弁してちょうだい。謹慎してる間に新しい企画を考えておくからそれを楽しみにしてて」
美空の言葉に俺と火野は頷いたが、湊土は黙ったままおもむろに荷物を持って立ち上がり部屋のドアに向かった。
「わかりました。美空さんの新企画楽しみにしてますねっ。……すみませんけど僕はお先に失礼します」
そう言い帰ろうとする湊土に火野も続いた。
「わ、わたしも帰ります。部員でもないわたしが勝手について来てすみませんでしたっ。ほらあんたも帰るわよ」
俺は火野に腕を掴まれ部屋の外へ連れ出された。
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