第32話「結局こうなる運命なんだろう」
火野に知られてしまったものはどうしようもない。唯一の幸運は湊土が寝ぼけていてスマホを火野に貸したのを覚えていなかったこと。ただあれ以来やたらと火野が俺に湊土のことを訊いて来るようになったのが煩わしくて堪らない。
「で、どうするの。湊土くんに告白されたら付き合っちゃうの?」
「あり得るか。俺も湊土も男だ」
「そんなのわかんないじゃん。今は色々な愛の形があるんだよ」
「仮に湊土がそうだとしても、俺にはその気はない。湊土はあくまで友達だ」
「ひっどい。それじゃ湊土くんを弄んでるだけじゃんっ」
「俺をチャラい男や尻軽女みたいに言うな。お前はただ楽しんでいるだけだろ。いい加減なこと言いやがって、酷いのはどっちだ?」
「うっ……。確かにそうかも。……ごめん」
だからいつも簡単に謝るなよ。
火野みたいな雑魚スライムを何匹倒したところで俺に経験値は入らない。母や美空といったボス級を倒す準備運動にもなりゃしない。
「とにかく湊土が普通にしてんだからお前は余計なことすんなよ」
「う、うん……」
はあ……。いつ湊土が行動に移すかわからない以上、俺も心の準備だけはしておかないとな。
数日後、部室でデータ作成をしていると、いかにもアホっぽい声で金魚鉢黄金が部室に入って来てそのまま俺に抱きつく。
「元日く~ん、久しぶりだねぇ。黄金、元日くんに会いたかったよぉ」
相変わらずの甘い声と香水の匂い。
こいつは一体なにが目的なんだ。男を落としてコレクションするのが趣味なのか?
「な、な、なにしてるんですか⁉ ハルもなんで何も言わないのっ⁉」
金魚鉢の行動に湊土はあわあわと動揺している。
やめろ、お前がそんな態度を取ると俺には変に聞こえる。それにこのタイプの女はこっちの反応を楽しんでいるんだ。余計なリアクションは相手を喜ばせるだけなんだ。
「あれぇ~。もしかして君が湊土くん? 初めまして黄金だよ。美空ちゃんから聞いてたけど君も可愛いね~」
湊土が大きな反応をしてくれたお陰で金魚鉢のターゲットが俺から湊土に移った。
すまんな湊土よ。
「元日くんはカッコ可愛いって感じだけど、湊土くんは純粋にカワイイって感じだね~」
そう言いながら金魚鉢は湊土の髪を撫でた。
「やめてください。不愉快です」湊土は金魚鉢の手をパシッと払い落とす。
なんだとっ⁉
あの湊土が今日はやけにカッコいい。俺なんかより全然男らしいじゃないか。
「あぁ~ん。美空ちゃん。元日くんにも湊土くんにも振られちゃったよぉ」
「黄金が悪いんでしょ。いいから少しは落ち着きなさいよ」
美空に叱られ金魚鉢はしゅんとなり静かになった。
金魚鉢がここに来たということは例の特集の件だろう。ただ流石に今回は俺の出番はないはずだ。金魚鉢の幼馴染の美空が担当するのが当然の流れだ、と俺は気楽にキーボードを叩いていたのだが。
なぜだろう、俺の思いはいつも裏切られる。
「元日。これから黄金の撮影お願いね」
「嫌です」
俺は即答した。
「ああ~ん。元日くんがまた黄金を虐めるぅ。ん? もしかして、黄金のことが好きなのかなぁ? あぁ~、だから意地悪なこと言っちゃうんだぁ~」
「ハルは女の人には誰に対してもこうですっ!」
湊土は立ち上がって金魚鉢のしょうもない妄言を否定する。
確かにそうだが、なぜお前がそこまで熱くなる? 少し湊土が怖くなってきた……。
「黄金の指名なんだからゴチャゴチャ言わずに行きなさい。もちろん火野さんを誘って彼女に撮影してもらうのよ」
「えへへ~。元日くんのこと指名しちゃったぁ」
とアホ面でダブルピースをかます金魚鉢。キッと睨むとお決まりのようにウインクを返してきた。横を見ると湊土も金魚鉢を睨んでいた。いや、お前はやめろ。少しは本性を隠しなさい。
結局、俺は撮影をする為に火野がいる茶道部へ金魚鉢と向かっていた。
一体俺はなんなんだろうな。誰にも媚び諂わないと決めたのに、いくら金の為とはいえ美空の言いなりじゃないか……。と落ち込んでいると金魚鉢が俺の腕に引っ付いてきた。
「やめてください、歩きにくい。なにより不快です」
振り払うと金魚鉢は「あぁ~ん」と気色の悪い声を上げて、今度は反対の腕に絡んできたのでそれも振り払う。するとまた反対の腕と終わりがない……。
こいつはとんでもない伏兵だ。母や美空がパワータイプだとしたら、この金魚鉢はテクニックタイプ。どんな攻撃もいなしてしまう。今まで戦ったことのない相手(タイプ)に俺もどう対処したらいいかわからない。
くそっ、火野なんていう雑魚とばかり闘っていた弊害だ。俺はそんな苛立ちを抱えたまま茶道部の扉を開けた。
俺に気付くと茶道部の部員たちがなにやら騒ぎ出す。
「あっ、桃火の彼氏だ」
「あれが例の? え、イケメン……」
「桃火、彼氏来てるよー」
そういえば俺と火野が付き合っているとかいう馬鹿げた噂の発生源はここだったな。
「だから彼氏じゃないって言ってるじゃないですかっ!」
火野はいつものように顔を真っ赤にさせて怒っている。カロリーの消費が激しそうなやつだな。だからこいつは甘い物をあれだけ食べても太らないのか。
「ええぇぇ~。元日くん彼女居たのぉ。黄金は遊びだったんだ。ひーどーいー」
言いながら金魚鉢は俺の肩を揺するが、その声は誰が聞いても感情が入っていないのは明らかだ。本当に何がしたいのかわからない。
俺が呆れた顔をしていると茶道部の一人が声を上げた。
「あ、黄金ちゃんだー。こっちおいでよ。ちょうどお菓子もあるよ」
「やったぁ。それじゃお邪魔しまーす」
茶道部の部員に招かれ金魚鉢は躊躇せず畳に上がり、お菓子をパクつき始める。
「そういえば今度の生徒会長選挙に黄金ちゃん立候補するんだよね。黄金ちゃんが生徒会長になったら絶対楽しい学校になるよねっ」
とんでもないことを言っている。金魚鉢が生徒会長になる未来なんて俺は見たくない。しかし茶道部の部員たちはその言葉にうんうんと頷いて笑顔を見せる。よくわからないがこの金魚鉢黄金という女、人望だけはあるみたいだ。
「うん頑張るね。それでねこれから選挙に勝つために撮影するんだよぉ」
「選挙ポスターでも作るの?」
「う~ん……。わかんないっ」
あははと金魚鉢が笑うとつられて周りの女たちも笑っていた。なにが面白いんだろうか。
「もしかしてその撮影をするのって私ですか?」
火野は金魚鉢に尋ねる。
「え~。どうなんだろぉ? 黄金は元日くんについて来ただけだから。その辺は元日くんに訊いてみてね。……えーっと、あなたのお名前はなんていうの?」
「あ、すみません。一年の火野桃火です」
「黄金は金魚鉢黄金だよぉ。黄金は二年生だから桃火ちゃんからは先輩で、黄金からは後輩だねっ」
当たり前だろ。金魚鉢の話を聞いているとイライラが込み上げてくる。
いい加減菓子食うのやめさせて撮影を始めなくては。
そう思い金魚鉢に声をかけようとしたら金魚鉢は火野をじっと見つめて、
「あなたが元日くんの彼女なの?」
「ち、違います。誰があんなのとっ!」
火野が否定すると金魚鉢はニコっと笑顔になる。
「そうなんだぁ、よかったぁ。桃火ちゃんみたいな普通の娘(こ)からだと奪い甲斐ないもんねっ」
「……へっ?」
火野の表情は凍り付いていた。
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