第31話「フリーペーパー発行日」

 あれから湊土に特別な変化はなく、普段通り接しているうちに同好会では次号の制作が始まっていた。


 企画会議を経て決定された次号の内容は、秋冬のファッションやグルメがメインだった。次に出る号が十一月と考えれば当然の内容なのだが、今はまだ九月下旬で日中はまだ暑さが残る。そんな中で部室の中に飛び交うワードは冬を連想させるものばかりで、どうにも季節感が薄れてしまう。


 そして今回は前回にはなかった特別企画が用意されている。以前部室にやって来た金魚鉢黄金の特集だ。


 題して『IMAドキJK~これが私のJKライフ~』。

 はっきり言って俺には意味がわからない。JKのワードが二つも入っているところに頭の悪さを感じるが、要約すると今時の女子高生はこういう生活を送ってますよ、という特集らしい。


 金魚鉢黄金の一日に密着し、その時その時に愛用している服や化粧品、小物などを紹介していく形式で、これを四ページも使って、最後のインタビューページで「生徒会長に立候補するから応援してね」と締める企画。……この特集ページを担当しないことを祈るばかりだ。


 やることは決まっているがまだ素材がない状態なのでやれることは少ない。

 過去のデータの整理などをしていると、大きな段ボールを持った部長が部室に入って来た。


「お疲れさま~。十月号が刷り上がったよ」


 段ボールを開くと大量のイマガクが入っていた。部長はそれを一冊ずつ俺たちに配る。


「どう? 表紙のAOI。今回も最高でしょっ!」


 表紙には謎の美少女AOI。部長が気合を入れて撮影をしただけあって、とても綺麗に撮れている。ページを開くと俺たちがパソコンで作成したものが印刷され、ちゃんと雑誌になっていた。まあ、当たり前なんだけど……。


 それでも自分が作ったものがこうして現物になったのを見ると不思議な感覚だ。普段なら絶対に見ないであろうジャンルのフリーペーパー。俺はそれをページの隅々まで目を通していく。


 自分が担当した箇所。結局俺の写真は使われなかったカフェの新作ケーキの写真。『ソフィスティケ』の広告。……これは俺が写っているからあまり見たくないが、佐奈が可愛く撮れているから良しとしよう。


「実物を見ると感慨深いよね」

「ああ……そうだな」

「あはは。僕も初めて見た時は感動したなぁ」


 思っていることを言われ気恥ずかしさから淡泊な返答をしてしまったが、それすらわかっているよと言うように湊土は笑う。


「それにしてもこんなに大量の数どうするんです? まさかこれを俺たちで納品するんですか?」


 俺が訊くと部長は「まさか」と笑顔を見せる。


「もう店や他の学校には会社の営業さんたちが納品してくれてるから心配しなくていいよ。あ、でも明日はちょっと早く登校してね」

「……わかりました」


 俺が理由も訊かず返事をするとすかさず美空がこう釘を刺す。


「遅れたら罰金だから」と。



 翌日。十月一日の午前七時。俺たちはまだ開いてもいない校門の前に集合していた。

 その理由は生徒たちが登校する前にイマガクを全クラス全生徒の机に配布する為なのだが。

 生徒たちが登校してくるの早くても八時前。いくらなんでも早すぎじゃないだろうか。それと……。


「なんでお前がいるんだよ」


 俺は美空たちと談笑している火野に文句を垂れた。


「同好会の入部の誘い断ったんじゃなかったのか?」

「べ、別にいいじゃん。日下部の許可がいるわけっ⁉」


 もちろんそんな許可は必要ないが、当たり前のように居る火野が気に食わない。俺と火野が睨み合っていると美空が間に入って来た。


「昨日、火野くんに出来上がったイマガクを届けて今日の話をしたら、ぜひ協力したいと言ってくれたんだ。元日もあまり失礼なことを言わない」

「そうよ、そうよっ」


 火野は美空を盾に隠れながら言い返す。くそが、卑怯な女め。俺が舌打ちをすると美空はやれやれとため息を吐いていた。



 集合して一〇分ほどすると教頭が校門にやって来て俺たちに挨拶した。


「みんなおはようございます。早いな、もう一か月経ったんだ」

「おはようございます教頭先生。はい。今回も無事に完成しましたのでどうぞ。今月も教頭先生が最初の読者です」


 校門を開ける教頭に美空は鞄から取り出したイマガクを手渡す。


「いつもありがとうね。これのお陰で今時の高校生がわかって助かってるよ。それに娘も毎回これを楽しみにしてるんだよね」


 と手にしたイマガクをペラペラとめくる教頭。

 校門が開く前に集合した理由はこれか。学校生活であまり係わりのない教頭に直接手渡すことで好印象を与えられる。この時間なら教頭も他に手を取られていないので邪魔もされないという訳だ。更に美空は教頭に『最初の読者』と言って特別感も演出していた。


 知れば知るほどこの女は母に似ている……。やっぱり俺は美空が苦手だ。



 イマガクの配布は二〇分もかからずあっさりと終わり、俺たちは校舎横に自販機とベンチが置かれたテラスのようなスペースで、部長から貰ったコーヒーを啜りホッと一息ついていた。


 他の生徒や教師もまだ来ていない静かな学校は新鮮でなんとも落ち着くが、それが眠気を誘う。早起きしたのもあり少し眠い。

 隣に座る湊土も俺同様に眠そうで時折、首がかくんと落ちて今にも眠ってしまいそうだ。授業まであと一時間以上もあるし少しだけ眠ろう。今はこの気持ちいい静寂に包まれてしまおう。ゆっくりと瞼を閉じ眠ろうとした時。


「ああっ! スマホ忘れたっ!」


 そのバカでかい声に落ちかけた意識と体がビクンと反応する。

 火野は鞄を漁りながらスマホを探していた。


「うるさいぞ馬鹿女。俺も湊土も眠たいんだ、静かにしろ」

「だってぇ、スマホ忘れたんだもん……」


 知るかよ。スマホなんて一日くらいなくたって困らないだろ。自慢じゃないが俺は三か月以上スマホに触ってないぞ。


「取りに帰れよ」

「ええぇ……めんどくさい」


 寝よ。こんな馬鹿のワガママには付き合ってられない。

 火野を無視して眠ろうとしたが火野は声を抑えて「でも」や「どうしよう」などとブツブツと呟いている。


「いい加減にしろよ。そんなにスマホでなにをしたいんだよ?」

「……占い」

「はあ?」

「今日の占いっ。毎日見てるから見ないと落ち着かないのっ」


 本当にこいつは女のクソな部分をかき集めたような存在だな。たかが占い如きで騒いで、スマホを取りに帰るのは面倒だから嫌って、頭おかし過ぎだろ。


「あんたはスマホ……持ってなかったよね……」

「持ってても、そんなくだらない理由で貸す訳ないだろ」

「ケチッ!」


 ああ、うるさい。

 お前が騒ぐから湊土が起きてしまったじゃないか。


「んっ、桃火ちゃん。占いなら……これで見なよ……」


 湊土は寝起きのような声で火野にスマホを貸すと目を閉じ、こくりこくりと眠り出した。


「ありがとー湊土くん。ちょっとだけ借りるね」


 湊土のお陰で火野は静かになった。

 これで俺も少しは眠れそう…………だああああああっ‼


 ちょっと待てっ、湊土のスマホの壁紙は……。

 恐る恐る火野に目を遣ると……火野は目を見開いたまま固まり、口をパクパクとさせ声にならない声を吐き出していた。


 こ、こいつ何を見たんだ? も、もしかして……というかやっぱりアレなのか?

 俺の視線に気付いた火野と目が合う。

 火野は手に持ったスマホの画面をそーっと俺の方へ向ける。


 ……ごくり。


 やはり俺の写真が壁紙に使われていた。

 しかも以前に俺が見た時にはなかったハートマークがいくつも散りばめられており。それはそれは可愛らしい加工が施されていた。


「…………見なかったことにしろ」


 俺が言うと火野は静かにスマホの画面を切り、そっと湊土のポケットに戻した。

 寝よう。そうだ俺は眠かったんだ、だから……。


 今は寝て現実逃避だっ!

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