第28話「美空の幼馴染」
昼休憩が終わって午後の授業が始まる間際に湊土は教室に入って来た。見たところ若干顔は赤く火照っているようだったが、その後の授業は普通に受けていた。
放課後、授業が全て終わり部室へ行こうと湊土を誘ったが。
「ご、ごめん。今日は用事があるから帰るよ。美空さんに伝えといて、じゃ、じゃあねっ」
早口で俺の誘いを断ると湊土はあっという間に教室から出て行ってしまう。
体調も悪そうだったから仕方ないか。ただ、俺が美空に伝えるのか……嫌だな。
部室に入ると美空と部長は既に来ていた。それはいいのだが俺が気になったのは美空の側に居た見知らぬ長身の女。女は俺に気付くと手を振る。金色の長い髪が揺れていた。
俺は無視して自分のパソコンを起動させて作業に入ろうとしたら美空が小言を言う。
「こら元日。ちゃんと挨拶しなさい」
「嫌です。必要がないです」
そう言い放つと美空の側に居た女はクスクスと小さな笑い声を上げた。
「本当だ。美空ちゃんの言った通りの子だね」
「でしょ? 面白いでしょあいつ」
「うん。面白い。美空ちゃんが彼のこと好きなのも納得。うふふ」
女は美空と仲良さそうに話している。ということは、わかっていたがこの女も俺の敵だ。あの美空と仲良しなんて敵以外の何者でもない。
「ねえねえ君。こっち向いてよ」
言いながら女は俺の座ったデスクチェアの背を持ってくるりと回転させる。突然のことで抵抗出来ずに俺は椅子と一緒に回転していた。
「あらぁ、なかなか可愛い顔してるね。ん? 可愛いなんて言ったら怒っちゃうかな?」
うふふと笑う女。異常なほど顔が近い。
だからって俺は慌てたりなんてしない。じっと女を睨んでやった。
「まつ毛も長くて綺麗な目してる。お人形さんみたいだね」
女は俺の顔をまじまじと眺めて品定めするようにうんうんと頷いている。
「あんたらキスでもするつもり?」
近い距離で見つめ合う俺と女に美空がツッコんだ。
「する訳ないでしょ」俺は冷静にそのツッコみに反論したが女は、
「え~残念、私はしてもいいよ。だって君可愛いから」
と、訳のわからないことを言い出す。
「黄金、いい加減にしなさい。あんた私に話があったんでしょ?」
「そうだけどぉ、この子ともお話したいもん。そうだ自己紹介するね。私は二年の金魚鉢黄金(きんぎょばち こがね)。美空ちゃんとは幼馴染なんだ。よろしくね元日くん」
そう言って金魚鉢は俺に手を差し出した。当然俺が握手するはずもない。椅子を元に戻して作業を開始した。
「あ~ん、美空ちゃん。振られちゃったぁ」
金魚鉢は美空に泣きつくが、美空は慣れたように「はいはい」と軽くあしらっていた。
「いいなぁ~美空ちゃんは可愛い後輩ばかりで……。黄金も元日くんみたいな可愛い後輩欲しいなぁ」
誰が可愛いだ。イラっとした俺が睨むとそれに気付いた金魚鉢は、何を思ったのか俺に向かってバチリとウインクした。
こいつも美空と同類だ。俺を玩具としか思っていない。
平たく言えばクソ女だ。
「それでね、話って言うのは生徒会選挙のことなんだけど。美空ちゃん協力してくれるよね?」
生徒会選挙? この金魚鉢とかいう女。生徒会の人間か?
「はいはい、わかってるわよ。次の号にちゃんとその分のページ取ってあるから安心しなさい」
「やったぁ、さすが美空ちゃんだ。ありがとぉ」
金魚鉢は美空に抱きついて喜ぶ。
「風間くんもありがとー。風間くんにはハグ出来ないからこれで我慢してねっ」
そう言うと金魚鉢は部長へ向かって投げキスをした。部長はそれにデレデレと気持ち悪い笑顔を見せていた。
「はいはい、もうわかったから黄金は戻りなさい。生徒会長になる為には色々と準備が必要でしょ」
生徒会長になる? この女が?
「うん、そうだよぉ。黄金、生徒会長になるから皆投票してね。もちろん元日くんも黄金に投票してくれるよね?」
と金魚鉢は俺を見る。
こんなのが生徒会長になったら終わりだな。今の生徒会長が誰かは知らないが、この女以下はありえないだろう。
「選挙の相手が誰だろうと、僕はあなたには投票しないと思います」
俺はパソコンのディスプレイを見ながら思ったままを伝えた。
何か言い返すかと思ったが金魚鉢は何も言って来ない。流石にこれだけ冷たく言えばどんな馬鹿でも自分が嫌われていると察するか。などと思っていると背中や肩に大きく柔らかな圧力を感じた。
「もうぉ、なんでそんなこと言うのぉ? 元日くんってもしかして好きな女の子を虐めちゃうタイプ? そんなの古いよ。今はとにかく優しい男の子がモテる時代だよぉ」
耳元に甘ったるい声と息がかかる。
金魚鉢は後ろから俺をハグしていた。さっき部長にはハグ出来ないと言っていたのになぜ俺にはやるんだ。まさか、部長は既に陥落済みということか。
一体何人の男たちがこの女に騙されてきたんだろう。そう思うと知りもしない男たちに同情してしまう。
「何を思ってこんなことしてるか知りませんけど、全ての男があなたになびく訳じゃありませんよ。あと香水の匂いが移るんで早く離れてください」
「…………」
少しの沈黙の後、背中や肩の圧力がすっとなくなる。
やっと理解したかと安心していたら金魚鉢は能天気に、
「美空ちゃん。やっぱり元日くん面白い~。黄金にちょうだいっ」
その言い方はまるで駄々をこねる子供だった。
だが佐奈のような無邪気さはない。この女から感じるものは邪気そのものだ。
「黄金。あんまり邪魔してると次の号に影響が出るわよ」
「あらら、それは大変だぁ~。じゃあ黄金そろそろ帰るね」
金魚鉢は部室の扉を開けて半身で俺に手を振る。
「元日くん、また黄金とお話しようね。バイバイ~」
金魚鉢は扉が完全に閉まるまで顔を覗かせ手を振っていた。
またと言っていたが俺にはお話した覚えはないし、するつもりもない。そんなことより今日は湊土がいないから、その分俺が頑張らないとな。
俺はソフトを立ち上げて紙面作成に取り掛かった。
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