第四章
第26話「聞かなかったことにしよう」
「いやぁ、先方めっちゃ喜んでたわ。元日もなかなかやるわねっ」
気持ち悪いくらい上機嫌の美空。
先日撮影した佐奈の写真をオーナーである母親にメールで送ったところ大変感謝され、今後半年の広告掲載が決まったらしい。鼻歌を歌いながら部室に入って来た時は気でもおかしくなったのかと思った。
「でも本当に良い写真だよね。『仲の良い兄妹』って感じがビンビン伝わって来るよ」
部長は出来上がったソフィスティケの広告を眺めながら感心している。
部長の言う『仲の良い兄妹』とは佐奈と俺のこと。佐奈と俺が指切りをしている写真が広告に採用され、それを基調に広告を作り直したのだ。
俺は自分が写っている写真が広告に使われるのは嫌だと拒否したが。それは半年の広告掲載の打診に舞い上がった美空が勝手に了承してしまった後だった。
モデル代としていくらか給料に上乗せすると言うので、俺もそれ以上は強く拒否しなかった。やはりどんなこともお金には敵わない。
「ハルならモデルの仕事も出来るかもね。なんならイマガクにハルの写真掲載すれば女子人気も更に上がるかもね」
冗談じゃない。湊土め、他人事だと思って適当言うな。
なんとも和やかな雰囲気の中、部室のドアがカラカラと開く。
「あのー、なんかここに呼ばれたんですけど合ってますか? 火野ですけど……」
入って来たのは火野だった。
「桃火ちゃん、いらっしゃーい」
「あっ、湊土くんだぁ」
湊土と火野は手を振り合う。
「いらっしゃい。FP同好会副部長の空本美空よ。こっちが部長の風間」
紹介を受けた火野は部長と美空に頭を下げる。
なぜ火野がここに呼ばれたかというと今回と前回の撮影の報酬を支払う為だ。早速美空は火野に報酬の入った茶封筒を渡す。
「あの、本当に貰っていいんですか?」
「当然よ。今回も前回も元日だけでは絶対にこんな良い写真は撮れなかった訳だし。正当な報酬として受け取って。いま中身を確認してちょうだい」
火野は再度頭を下げて茶封筒の中身を確認する。
「……え、ええっ。こ、こんなに貰っていいんですか⁉」
一体いくら入っているのだろうか。作業の流れはある程度わかってきたが、金額に関してはまったく知識がない。
今後、俺が部長になった時の為に後で訊いてみるか。
「す、すごい。お小遣い二か月分も入ってる……」
こいつのお小遣いは特上寿司一人前だったよな。ということは……うん、大体の金額はわかった。無駄に自分の情報を晒す性格のおかげで手間が省けた。
「あの、ありがとうございました。じゃあ、わたしは邪魔になるといけないのでこれで失礼します」
「いや、ちょっと待って欲しい。もう一つ用件がある。わざわざ火野さんをここに呼んだのは報酬を支払うよりこっちの方が重要なの」
美空は帰ろうとする火野を呼び止め、もう一つの用件とやらを話し始めた。
「単刀直入に言うわ。火野さん、あなたうちの同好会に入らない?」
「お断りします!」
シーンと静まり返る部室。
「……元日。あんたには訊いていないから。黙ってて」
つい俺が答えてしまった。
だが、これ以上女が増えるなんて許せない。俺は火野に『断れ』と強く念を送る。
「うちの馬鹿がごめんね。では改めて……火野さんにぜひこの同好会に入って欲しいの」
「わ、わたしがですか?」
突然の申し出に火野は戸惑っている。
「うん、火野さんの撮る写真はすごく良い、久しぶりに感動したわ。その力を私たちに貸してくれない?」
「そ、そうですか」
断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ。
手を合わせて念を送る俺を湊土は呆れた顔で見ていたが、そんなのは気にしない。どうかこの念よ、届いてくれっ。
「えっと。撮影は楽しかったです。それにここには知り合いの湊土くんがいるし……」
そこに俺の名前が出ないのはむしろ光栄だ。数回一緒に撮影したくらいで知り合い面してほしくないし、俺も知り合いだなんて思いたくない。
「それにわたしの撮った写真を褒めてくれて……嬉しいです」
火野は照れくさそうに髪を手櫛で梳かす。
これはマズイ流れだ。俺は念を込める力を強めた。
断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ。
「それは良かった。では入部してもらえるのかしら?」
「……すいません。お断りします」
「いよっしゃあああああっ!」
またも部室がシーンと静まり返る。
「……湊土。そこの馬鹿をここから追い出してちょうだい」
つい口に出てしまった。ちょっと抑えなければ。
「そうか……残念だな。火野さんは茶道部だったかな。それほど茶道部が好きなの?」
「あ、いや。茶道部は特別好きとかでも……ないんですけど」
まあ、こいつは茶道部の中では少し浮いてるしな。
火野が美空の勧誘を断ったのは喜ばしいことだが、なぜ断ったのかは少し気になる。
「じゃあ、他に理由が?」
「え? それは……」
美空に問われた火野は俯き言葉を詰まらせる。
「……その、わたしって今まで特にやりたいこともなければ、特技とか人に自慢出来るものってなんにもなくて……」
それは俺でもわかっていた。火野には個性がない。至って普通の女だ。
こんな時代に火野ほど普通でいられるのも珍しい。逆にそれが個性になってしまいそうな程だ。
「写真を撮るのは好きですけど、別にそれをどうこうしたいとも思わなっていうか……。ごめんなさい嘘はよくないですよね。本当は自信がないだけなんです。わたし誰かに褒められるとかあんまりないし――だから空本先輩に褒められたのは本当に嬉しかった。でもだから自信がないんです……。こんなわたしが皆の力になれる訳ないって」
火野の話を美空は黙って聞いていた。湊土も部長も、そして俺も。
「だから今回はお断りします。ごめんなさい……」
「……なるほど。うん、よくわかった。素直に話してくれてありがとう」
美空が納得すると火野は深く頭を下げた。
「ただ、今回のようにどうしても力を貸して欲しいとなった時は、お願いしてもいいかな?」
「え、あっはい、もちろんです。わたしで役に立つことなら何でも言ってください」
それを聞いて美空は笑顔になる。
「よかった。その時はまたそこにいる馬鹿がお願いすると思うから。その馬鹿に協力してやってね」
そう美空に言われた火野は俺の方をじっと見ていた。
「なに見てんだよ」
「……は、はあぁ⁉ み、見てないしっ!」
いや思いっきり見てただろ。むしろ見つめてただろ。
「すいません空本先輩っ、さっき言ったのも嘘です。本当の理由はこいつが居るからですっ。こんなのがいる同好会には入りたくないですっ!」
「いやいや、そんなのこっちからお断りだし。お前みたいなのが入っても騒がしいだけだしな」
「いやあああっ。もうっムカつくっ!」
地団駄踏む火野を湊土は落ち着いてとなだめるが、
「もういいっ。すいませんがこれで失礼します!」
と火野は湊土を押しのけ部室を出て行ってしまう。
やれやれこれでやっと静かになると作業に入ろうとしたら湊土に肩をパンチされた。
「もうハル。どうしてあんなこと言うの?」
湊土はため息を吐きながらデスクに戻る。
「そりゃ俺だからな」
「意味わかんないよ。でもさ、ハルと桃火ちゃんって仲良さそうだったね……」
「お前いまの見てなかったのか? それにあんなのと仲良しだなんて、なんの冗談だよ」
「そうかなぁ? ハルも桃火ちゃんもなんだか楽しそうにも見えたけど……」
「しつこいぞ」
そう切り捨てると湊土はまたため息を吐いてそれ以上は言って来なかった。
「……僕もあんな風に仲良くしたいなぁ」
ボソッと呟く湊土。
まさかとは思うが、こいつ火野のことが好きなのか?
…………聞かなかったことにしよう。
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