第24話「再び、撮影に行こう」

 新校舎から部活棟を繋ぐ通路。そこで火野は名前通り火がついたように激怒していた。


「なんなのさっきのはっ⁉ あんなことを皆がいる前で、しかも土下座して言うなんて信じらんないっ‼」


 茶道部を出てからずっとこの調子だ。

 無視して部室に撮影機材を取りに向かう俺の後ろで、火野は怒鳴り続けている。


「わたし恥ずかしくて死にそうだよ。聞いてる、なんであんなことしたのっ⁉」

「しつこいな。お前がやれって言ったんだろ」

「言うわけないじゃんっ。あんなやり方、誰も嬉しくないよっ!」


 そりゃそうだ。男に土下座させて悦ぶのは母か美空くらいだろう。


「もっと普通に言ってくれれば……わたし初めてだったのに……」


 怒っていたと思ったら今度はしゅんとする火野。早すぎる更年期障害か?


「普通ってなんだよ。お前が土下座して頼めば撮影に協力するって湊土にメッセージしたんだろ」

「……へ? サツエイ?」


 なぜか片言で訊き返す火野。


「だから今から撮影に行くぞ」

「あ、あ、あぁ……」


 声にならない声を漏らしながら再び火野は顔を真っ赤にさせていく。

 それは少し早い紅葉のようだった。


「紛らわしい言い方すんなああああっ‼」


 絶叫する火野に思いっきり背中を殴られた。



 アパレルショップは学校から近くのショッピングモールの中にあった。ここに来るまで火野は不貞腐れたようにムスッとしていたが、店の前に来るとその表情が一気に明るくなった。


「ソフィティケだぁ。わたしここの服好きなんだ~」


 店名は『ソフィスティケ』とある。火野はソフィティケと言っていたが、そこまで言うなら略さずに『ス』も言えよ。一文字しか変わらないぞ。


「ああ~これ可愛いぃ」ニコニコと鏡の前で服を当てがう火野。


 さっきまで怒っていたとは思えない変わりようだ。

 俺は子供並みに単純な女は置いて店内に入り、見つけた店員に広告の撮影に来たことを伝える。少し待っていると三十代くらいの小奇麗な格好をした女と、それに連れられて五歳くらいのやたらおめかしした小さな女の二人がやって来た。


「店長の三宅です。急に変更になっちゃってごめんなさいね」


 と申し訳なさそうにする女。

 この腰の低そうな店長がが美空に修正を強要したのだろうか? それとこの小さな女はなんだ?

 小さい女は俺の視線に気付くと店長の後ろに隠れてしまう。


「この子はオーナーの娘なの。ほら、佐奈ちゃん『こんにちは』は?」

「…………こんにちは」


 佐奈は小さな声で挨拶すると店長の足に顔を隠した。

 ふん、いくら小さな子供だからって女は女だ。こいつも俺の敵なのだ。そんなことを思っていると後ろから肩を押された。


「ちょっと、あんたも挨拶しなさいよ」


 そう言うと火野は佐奈に話し掛けた。


「佐奈ちゃんって言うんだぁ。こんにちは佐奈ちゃん、何歳ですか?」


 佐奈はパーにした手を見せると、またすぐ店長の三宅にしがみついた。


「五歳なんだぁ。可愛いなぁ」


 火野はニコニコと笑顔で質問を続けていたが、佐奈は首を縦や横に振るだけでまともに喋ろうとしない。

 子供好きアピールをしたいようだが火野は佐奈に気に入られてない様子。残念だったな。


「写真を取り直すということしか聞いてないんですが、どの商品を撮ればいいんですか?」


 俺が訊くと三宅は足に絡みついている佐奈を優しく引き剥がしその肩を抱く。


「えっと、オーナーがどうしても佐奈ちゃんの写真を広告に載せたいと言ってて。撮って欲しいのは佐奈ちゃんなんです」


 佐奈はキョロキョロと目を泳がせていた。



 撮影はここでお願いしますと、俺たちはショッピングモール横の屋外キッズコーナーに案内された。そこは遊具などが設置してあり小さな子供たちで賑わっていた。


 撮影が始まると三宅が佐奈に話し掛け、それに火野がカメラを向けた。

 撮影に関して俺が出来ることはないので、俺はすぐ横のベンチに腰かけて撮影を見守る。


「佐奈ちゃーんカメラ見てねー。はーい笑ってー」


 三宅はなんとか佐奈の良い写真を撮ろうと、あの手この手で笑顔にさせようとするが佐奈の表情は相変わらず硬い。直立不動でカメラを見ているだけでこれじゃただの記念撮影だ。

 そのことは火野もわかっているのだろう。ポーズを取らせり角度を変えたり遊具に乗せてみたりと試行錯誤している。


 しばらく撮影を続けていると三宅の携帯が鳴った。火野は三宅が電話している間も佐奈の写真を撮っていたのだが。

 電話を終えた三宅が申し訳なさそうに、


「ちょっとお店でトラブルがあったみたいなんで撮影は一旦中断してください」と言い。佐奈を連れて店に戻ろうと手を引くが、なぜか佐奈はこれを嫌がった。


「どうしたの佐奈ちゃん。ここに居たいの?」


 三宅は佐奈に問うが佐奈は黙ったまま動こうとしない。


「あの、私たちが佐奈ちゃんみてますから三宅さんはお店に戻ってください」


 火野が申し出ると三宅は「すぐ戻るのでお願いします」とトラブル解決に店に戻った。

 ただでさえ時間がないのにどうしたもんかと思案していると火野が俺を呼ぶ。


「日下部、店長の代わりに佐奈ちゃんの相手してあげてよ」

「はあ? お前がみてるから店長に戻れと言ったんだろ。他人にはいい格好して結局は人に押し付けるのか? 最低な女だな」

「ちょ、馬鹿っ! 人聞きの悪いこと言わないでよ。もうすぐ暗くなっちゃうから今も撮影しとかないと時間が勿体ないじゃん」

「どうだかな。お前ずっと子供好きアピールしてたけど、そいつにまだ一言も口きいてもらってないじゃないか、俺は挨拶だけはしてもらえたぞ。そういうの見抜かれてるんだよ」

「ぐっ――」


 俺の言葉に崩れ落ちる火野。佐奈に気に入られていないという自覚はあったらしい。


「じゃ、じゃあこのまま撮影出来なくてもいいの⁉ わたしは別にいいよ、そもそもわたしの仕事じゃないんだしっ」


 火野め、なかなか痛い所を突いてくる。確かにこのまま撮影が出来ないと困るのは俺だ。


「……わかったよ」


 俺は仕方なく佐奈の相手をする為、佐奈に近づいた。すると佐奈は俺から逃げるようにして火野の足にしがみついた。


「佐奈ちゃああんっ! やっぱりあんなヤツよりわたしの方がいいよねっ」


 火野は嬉しそうに佐奈を抱きしめていた。


「あんたの言う通りだったね。見抜かれてるのよ、最低な男だってっ」


 べーっと舌を出す火野。

 くそったれ。火野も佐奈も――やっぱり女は大嫌いだっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る