第22話「友達を家に誘おう」
俺は湊土を連れ家の前に居た。
「え、ええ? こ、ここがハルの家?」
「爺ちゃんの家な。俺は居候してるだけ」
「……違いがよくわかんないけど」
「どうでもいいだろ。いいから入って飯食って行けよ」
「な、なんで? いいよ……」
「お前腹減ってるんだろ? 婆ちゃんに頼めばもう一人分くらい作ってくれるだろうから、遠慮せずに入れよ」
「え、あっ! ちょっと!」
俺は湊土の背中を押して強引に家の中へと入った。
「爺ちゃん、婆ちゃん、帰ったよ」
玄関から声を掛けると中から祖母が出てきた。
「おかえりハルちゃん。あら、お友達?」
祖母を見て湊土が頭を下げた。
「は、初めまして、ハルくんと同じクラスで同じ部活の土生です」
「婆ちゃん。こいつにも晩飯食べさせたいんだけど、大丈夫?」
「だ、だからいいって」
祖母に訊く俺の袖を湊土は引っ張った。
「いいから遠慮すんなって」
押し問答する俺たちを見ていた祖母が湊土に声を掛けた。
「そうよ。遠慮せずに食べて行ってね。ご飯は賑やかな方がいいからねぇ。それにせっかくハルちゃんが連れて来た友達をそのまま帰したら、お爺さんに怒られてしまうからねぇ」
祖母にそう言われ湊土も観念したようだ。
「は、はい……。ではご馳走になります」
「よし、じゃあ飯の時間まで俺の部屋に行っとくか」
そう提案すると湊土は何故かあたふたした。
「い、いや、いいよっ」
「はあ? なんでだよ?」
「えーっと……。あっ、ご馳走になるだけだと悪いから僕もご飯の支度を手伝うよっ!」
その必死な様子にそれ以上は何も言わないでおいたが、やっぱりこいつ変な奴だな。
台所で祖母と一緒に食事の支度をする湊土を俺はダイニングテーブルから眺めていた。
エプロンを着けた湊土は慣れた手つきで食材を切っていく。
「あら、上手ねぇ」
「家でもよくやってますから」
祖母に褒められた湊土は照れくさそうに答える。
親の帰りが遅いと言っていたし、湊土が料理をするようになるのも当然の流れだろう。それに本当によく家でも料理をしているのだろう。料理をしている湊土はなんというか違和感がなく、よく似合っている。
「そういえば爺ちゃんは?」
「お爺さんは昔の知り合いの所に行っとるよ。そろそろ帰って来ると思うけどねぇ」
俺が訊ねると祖母は振り向いて時計を見ながら答えた。すると玄関から物音が聞こえた。
「噂をすれば、ちょうど帰って来たわ」と祖母は出迎えに玄関へ向かう。
「ほらハルも手伝って。お皿とか箸とか出してよ」
「お、おう」
食器を並べていると祖父と祖母が台所にやって来た。
「お、お邪魔してます。ハルくんと同じクラスで同じ部活の土生です」
祖父に挨拶する湊土。湊土を見た祖父は、
「あらぁ、こらまた可愛らしい子じゃなぁ」
と言いながら俺の隣に腰を下ろした。
「爺ちゃん。エプロンしてるだけでこいつ男だから。そんな言い方したらダメだって」
「おお、そうなんか? わしゃてっきりハルがガールフレンドを連れて来たんかと思ったわ」
そう言い祖父は、わっははと豪快に笑う。
今時ガールフレンドって。そりゃ歳を考えれば仕方ないけど……だから男だって!
「え、えーっと……。そ、そうですか?」
照れる湊土。いや、なぜ照れる。そこは怒ってもいいんだぞ。
いくら華奢だからってお前、女に間違われたんだぞ。俺ならショック死してるぞ。
「みんな揃ったしご飯にしようか」
祖母の言葉で湊土を加えた四人の夕食が始まった。
今夜の夕食はすき焼き。
ネギ、白菜、白滝、エノキタケ、焼き豆腐といったポピュラーな具材と一枚一枚ビニールで包まれていた高級そうな牛肉が、専用の平たい鍋に押し込められぐつぐつと白い湯気を上げている。
「よっしゃ食べようぜ。ほら湊土」
俺は豪快に牛肉を掴み上げ、湊土の皿によそう。そうしないとこいつは遠慮して野菜ばかり食いそうだからな。
「そうよ。遠慮せんでね。お肉ならまだまだあるからねぇ」
「若いもんは肉をたくさん食べんといけん」
祖母と祖父も湊土に気を遣わないでいいと笑う。
「は、はい。じゃあ遠慮なく……はむっ」
牛肉を口に入れた瞬間、湊土の目が大きく見開いた。
「ん~~~っ。おいしい~」
よかった。よかった。腹いっぱい食えよ、と俺は湊土を慈しむような目で見ていた。
「ちょっとハル。また変な想像してない? だから僕はそこまで貧乏じゃないって」
バレていた。だが、これほど美味しそうに食べてくれるのなら、犠牲になった食材たちも報われるだろう。
育ち盛りの高校生が二人もいればすき焼きなんてあっという間になくなってしまう。湊土は満足そうな顔で最後まで食べていたし、俺もこんなに食べたのは久しぶりだった。
あまり遅くなってもいけないと湊土は、まだいいだろと止める俺たちに何度も礼をして帰宅することになった。
玄関まで見送ろうとすると祖父が俺に「ちゃんと家まで送ってやれ」と一言。
「そこまでしなくても大丈夫だろ」
「いいや、いけん。ちゃんと送ってやれ」と念押しする祖父。
俺はそこまで言うのなら仕方ないと湊土を家まで送ることにした。
「別に玄関まででよかったのに」
「いや、俺もそうしようと思ったけど、爺ちゃんが送れってしつこいから」
この時間は陽も完全に落ち辺りは暗いが、それでも祖父は気を遣い過ぎだと思う。
「優しいお祖父さんだね」
「……ああ、そうだな」
優しいか……。爺ちゃんの口癖だもんな。
それでも今の俺は女に優しくすることが正しいとは思えない。あんな思いはもうしたくない。
「――ハル。ハルっ!」
「……お、なんだ?」
「大丈夫? なにか考え事?」
「悪い。ぼーっとしてた」
「しっかりしてよ。来週から忙しくなるよ」
「……そうだな」
突然トーンの下がった俺に湊土は怪訝そうな表情をする。
「ねえ。ハルに訊きたいことがあるんだけど」
「ん?」
少し溜めて湊土は俺に質問を始めた。
「ハルって女嫌いだよね」
「……そうだな」
「それって生まれた時から? それとも何かきっかけがあったの?」
俺が女を嫌いになって転校まですることになったきっかけ。
こいつになら話してもいいんじゃないのか。一瞬そう思った俺だが、はやり今はまだ話したくなかった。
「後者かな。ただそれ以上は言いたくない。すまん……」
「そっか……。うんっ、言いたくないなら言わない方がいいよ。でも、言いたくなったら言ってよ。僕ならいつでも話を聞くし、出来ることがあれば何でも協力するから。ってこれハルが僕に言ってくれたのと同じだね」
湊土はなにやらホッとしたような表情をして前を向いた。
「ありがとう。お前っていい奴――」
俺は言葉を止めた。この言葉を俺が使う訳にはいかない。使ってはいけない言葉だ。
「ん? どうしたの?」
「いや、すまん。お前って(どうでも)よくない奴だよ」
……嗚呼、思いっきり間違えた。ミスった。
「うっそー。この場面でそんなこと言うっ⁉ 信じられないっ!」
「ちょっ、今のは違うっ。そういう意味じゃないんだっ! 色々考えすぎて変な言い方になってしまった……」
慌てて訂正しようと頑張ったが上手い言葉が出てこない。
俺はあたふたとするだけだった。
「ぷっ。あっははは。焦ってるハルってなんか面白いね。大丈夫だよ。ギャグで言ったことくらいわかってるよ」
笑いながら湊土に肩を叩かれ、俺は愛想笑いのような渇いた笑い声を出した。
いや、ギャグではないんだけどな。
それから湊土の家に着くまでこのことをイジられた。悪いのは俺なんだけど、そこまでイジるなよとは思った。
だけど、久しぶりに楽しい時間であったのは間違いない。
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