第21話「それぞれ事情があるのだろう」

 俺が学校に戻り同好会の部室に入るやいなや美空はデジカメを寄越せと言ってきた。渡したデジカメをパソコンに繋ぎ美空は写真を一枚一枚確認していく。


「で、これは誰が撮ったの?」


 メッセージでも同じことを訊いていたな。無視したんだけど。


「通りすがりの甘い物好きに撮ってもらいました」

「はあ……。まあ、いいわ。とりあえずお疲れ様。残りの時間は湊土の仕事を手伝ってあげて」

「わかりました」


 俺は自分のデスクに着き、借りていたスマホを湊土に返す。


「ほら湊土これ返しとく。ありがとな」

「うん。……変なことしてないよね?」


 受け取ったスマホを胸に当てて俺をジト目で見る湊土。


「変なことってなんだよ。そんなに見られて困るものでも入ってるのか?」

「そ、そういうんじゃなくて……」

「何が入ってるか知らないけど、あまりアブノーマルな趣味はやめとけよ」

「ば、馬鹿。だから違うって!」


 湊土は返って来たスマホをコソコソと操作している。なにもしてないと言っているのに、こいつも案外疑り深いところがあるんだな。


「あ、桃火ちゃんからメッセージが来てる。……えっ?」


 火野が送った俺の写真を見た湊土は少し困惑したような表情をした。


「ハル……。これってどういうこと?」

「ケーキの撮影してたら偶々そいつも店に来てて、まあ色々あって火野にケーキの写真を撮ってもらったんだよ」

「そ、そうだったんだ。……よかった」


 ん? よかったとはどういう意味だ?


「それより、このこと編集長には言うなよ」

「どうして?」

「そりゃ俺が女に助けられてたなんて知られたら、俺の弱みを握られるようなもんだろ。そんなの俺は自分を許せないっ」

「ぷっ! あはははっ。そうだよね、ハルはそういう人間だったよね」


 なにがそんなにおかしかったのだろう。

 俺にはよくわからなかったが湊土は笑い続けていた。



 午後六時。部活を終えた生徒たちが一斉に帰宅していく。七五%以上出席しなければならないという校則のせいだろう。学校からの道は登校時と変わらない数の生徒で賑わっている。

 そんな中、俺は湊土と下校していた。


「そういえばフリーペーパーっていつが締め切りなんだ?」


 制作の流れも知っておいた方がいいだろうと思い俺は質問した。


「毎月一日発行で最終的な締め切りはその一週間前。でもデータはもう少し前には完成させないといけないから発行日の十日前くらい前が実質の締め切りかな」

「ということはあと二週間程度か。結構余裕があるんだな」

「なに言ってんの。二週間しかないんだよ。こんな時間に帰れるのも今週までだよ。来週からは残業の毎日が始まるんだよ……」


 湊土は、はぁとため息を吐く。


「そうなのか? 見てたけど湊土が作ってる箇所は結構出来上がってるじゃないか」

「まだまだだよ。写真の半分は仮で置いてるだけで表紙と中面のモデル撮影もまだだし。広告もまだ全部集まってないからハルが撮影に行ってる間、美空さんずーっと電話営業してたんだよ」

「そうか。入ったばかりの俺はよくわからんけど大変そうだな」

「なに他人事みたいに言ってんの。ハルもこれから大変だよ」

「あ、ああ。そうだな」


 湊土は「でも」と言い、俺の顔を覗き込む。


「ハルが入ってくれて、しかもたった三日で制作の仕事覚えてくれたから、これからは少しは楽になるかもっ。期待してるよハルっ!」


 と俺の背中をバシンと叩いて湊土は無邪気に笑う。

 まったく、この愛嬌がなければ殴り返しているぞ。


「気になってたんだけど、湊土はなんで同好会に入ったんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ? そんなのハルと同じだよ。お金がほしいだけ」


 無邪気な顔であっけらかんと言いやがる。


「なにか理由があるのか?」

「ん、なに? 気になる?」


 気にならないと言えば嘘になる。だがお金はデリケートな問題だ。あえて踏み込んでまで訊くこともない。


「いや、別に」

「え~、なにそれっ。訊きたくないの? 訊いてよ~」と湊土は俺の肩を小突く。


 うざいなぁ。


「わかったよ訊くよ。ほら、教えろ」

「単純に僕の家が貧乏だからだよ。両親は共働きで帰りも遅いから、少しでも家計の足しになればいいなと思って同好会に入ったんだ」

「そうだったのか……。訊いて悪かった」


 いま俺は金に困っているが、それはただの母との勝負。要はお遊びだ。生活するのに困っている訳じゃない。

 だが湊土は違う。生きることにすら必死なんだ。こいつの無邪気な笑顔の裏にはいくつもの悲しみがあるに違いない。そう思うと湊土はなんて立派な人間なんだ。


「ちょっとハル。なんか物凄いの想像してない?」

「いいんだ湊土っ。それ以上は言わなくていい……」


 俺は湊土の肩に手を置き目を見ながら続けた。


「お前は俺を同好会に誘ってくれた恩人だ。だから困ったことや悩んだ時は遠慮なく俺を頼れ。いつでもお前の力になってやる」

「え……。う、うん。ありがと…………って違う違う。僕の家はハルが想像してるほど貧乏じゃないよっ!」


 俺の手を振り払い湊土は怒ったようにそっぽを向いた。


「で、でも……お前は今日を生きるのも必死なんだろ?」

「馬鹿っ! 戦後じゃないんだから、そんなの今時いないよ! だいたいそれだけ貧乏なら高校行かずに働いてるよ。もう、ハルはなんでも極端過ぎるんだよ」


 詳しく訊けば湊土の家は一般とあまり変わらない、ごく普通の家庭のようだった。俺の想像は引きこもっている時に見た、アニメや映画の影響があったのかもしれない。


「悪かったな。貧乏って言葉を聞くとどうしても極端なものを想像してしまって」

「ふんっ」


 へそを曲げてしまった湊土は俺の言葉を聞いてくれない。

 さて、どうやって機嫌を直してもらおうかと思案していると、隣からぐう~っという音が響いて俺はそちらを向いた。


「あ…………」


 湊土は真っ赤な顔をして自分の腹を抑えていた。


「なんだ。腹減ってるのか?」

「な、な、なんのことっ⁉」

「いや、お前の腹から凄い音がしてたろ。なに誤魔化してんだよ」

「知らない知らない知らない。聞こえない聞こえない聞こえない」


 念仏のように同じ言葉を繰り返す湊土。

 家が近づいて俺はあることを思いつく。湊土の機嫌を直してもらうのにもちょうどいい。

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