第20話「勝ち負けではないケーキの味は」
火野はデジカメの写真を見直して俺に訊ねる。
「これ全部の写真にケーキが三つとも写ってるけど、もしかして次の新作って一気に三つも増えるの?」
「いや、新作は一つだけだ。この三つの中のどれが新作として出すかは決まってない」
「えっ。じゃあ一つずつ撮らないとダメじゃん」
「だから一つずつメインに撮ってるだろ。なにが問題なんだ?」
俺は疑問に思いそう答えると火野は口をぽかんと開けていた。
「……真面目に言ってる? お店で出さないケーキが写ってたらおかしいじゃん」
ああ、そういうことか。
……気付かなかったな。
「あと他にもケーキと関係ないもの写ってるし」
「そんなもの写ってないだろ」
「写ってんじゃん。ほら、こことか。メニュー表が写ってる」
「あ、ああ。そうだな……」
火野は若干引き気味に俺を見ていた。
メニュー表はもともと置いてあったんだから仕方ないだろ、と反論しようと思ったが、そんなことも気にしてなかったのだと思われるのが自分でも少し怖くなった。
「まあ……いいや。あとはあれだよ、この席はいいんだけど日下部が座ってた方向からだと光が被写体に直接当たるから、少し逆光で撮るのがポイントだよ。それから白い紙とか使って光を調整したりすれば綺麗に撮れるよ」
俺には火野がなにを言っているのかあまり理解出来なかったが、あの写真を撮った人間だ。正しいことを言っているんだろう。
「ああ……、なんとなくわかった」
「そう? じゃあパパッと撮ってよ。私もう我慢できないから」
「……いや、写真は火野が撮ってくれ。俺よりお前が撮った方がいいと思う」
「私が撮っていいの? 私デジカメは慣れてないけど、日下部がいいんだったらいいけど……」
俺は小さく頷いた。
火野はわかったと頷き、撮影を始めた。
火野は慣れていないと言っていたデジカメを器用に使いこなし、光りの角度や構図を変えながら何度もシャッターを切っていた。
数分後。俺は火野の撮った写真を美空に送って返信を待っていた。
「あっ、あんたやっぱりスマホ持ってるじゃんか」
俺が手に持つスマホを指差して火野は恨めしそうにする。
確かこいつに初めて会った時、スマホは持ってないと嘘をついたっけ。
「いや、これは俺のじゃない。湊土から借りてるだけだ」
「証拠は?」
「別に嘘だと思うなら思えばいい。お前に信じてもらおうなんて思ってないしな」
俺はスマホを仕舞い、火野から顔を背けた。
「なにそれ。あんた性格悪すぎっ」
何とでも言えばいい。性格が良くても悪くても俺には意味のないことだ。
「ねえ」
「なんだよ」
顔を向けると火野は構えたスマホで俺を撮る。
何がしたいんだ?
火野は黙ってスマホを操作すると、ポケットに入れた湊土のスマホが鳴った。
美空から返信が来たのかと俺がスマホを開くと、来ていたのは火野からのメッセージだった。
「届いた?」
「なに送ったんだよ」
「本当に湊土くんのスマホなんだ」
「だからそう言っただろ。それよりなにを送ったんだよ」
「開いて見てみればいいじゃん」
「これは湊土のスマホだ、勝手には見れない」
「あ、そっか……。はい、これを送ったの」
火野は自分のスマホ画面を俺に向ける。表示されていたのは鋭い眼光でレンズを見る俺だった。
「めっちゃ睨んでる。超悪人面。指名手配の写真みたいっ」
写真を見ながら火野は笑っているが、なにが楽しんだか……。
するとまた湊土のスマホが鳴る。見ると美空からの返信だった。『オッケー』とだけの短い返信だった。
それを火野に伝えると火野は待ってましたとはしゃぐ。
ふうっと息を吐くと、またメッセージが届いた。
『これ、あんたが撮ったの?』
説明するのがしんどいので無視した。
火野は今度は自分用にスマホでケーキを撮っていた。
今回はこいつに助けられた格好になってしまったが、俺はケーキという報酬を支払っている。お互いの利害関係が一致しただけだ。
一方的に女に助けられた訳ではないと自分を納得させた。
しかし思っていたより時間がかかってしまった。早く学校に戻らなければ。
火野を残して店を出ようと俺が立ち上がると、
「ちょっと待ってよ。さすがの私でもケーキ三つも食べれないんだけど」と睨む。
「食べきれなければ持って帰ればいいだろ。なにも無理していま全部食べることもない」
「なに言ってんの。そんな失礼なこと出来る訳ないじゃんっ。いいから日下部も半分食べなよ」
俺と火野。二人の意見があれば店長もどれを新作ケーキとして出すか判断しやすいか。
「わかったよ。食べるよ」
「うんっ」
火野は三つのケーキを半分に切って一つの皿にまとめて俺に渡した。
ケーキも久しぶりに食べる。前に食べたのは誕生日だったっけ? それくらい久しぶりだ。
「んふふふ~。おいしいねっ」と火野は笑う。
たかがケーキでここまで幸せそうな顔が出来るなんて単純な女だな。
俺もケーキをフォークにすくい口に運ぶ。甘くて優しい味が口いっぱいに広がった。
「……普通」
俺が答えると火野は不満そうに頬を膨らませる。
「またそういうこと言う。なんなの普通って……」
普通は普通だ。それ以上でも以下でもない。
普通。
普通だ。
このケーキは普通に……美味しい。
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