第19話「火野桃火と取引をしよう」
「なんであんたみたいなのがここに居るわけ?」
「俺がどこに居ようがお前には関係ないだろ」
「当たり前じゃない。頼まれたって関係者になんてなりたくないわよ。私が言いたいのは女子嫌いのあんたが、なんでこんな女の子が好きそうなオシャレな店に居るのかってこと」
俺は撮影で来ただけだとケーキを指差してそれを伝える。
「は? あんたケーキの撮影って……やってること女子じゃん。しかも三つもケーキ頼んでるしっ!」
「馬鹿かお前は、俺にそんな趣味はない。フリーペーパーに乗せる用の写真だ」
「フリーペーパー? なにそれ。そんな嘘までついてかっこ悪っ」
火野はFP同好会の存在を知らないようだ。数人の同好会だしな、それも仕方ないか。
「もういいからどっか行け。俺はこれを撮影しないといけないんだ」
「言われなくても行くわよ。べーっだ」
さて撮影再開だ。正直さっき送った写真のなにが悪かったのかわからない。とりあえず構図やらを変えて撮ってみるか。
数枚撮ってはみたが先程とさほど変化はない。これを送ってもさっきと同じことだろうな。
はあ、どうしたらいいのやら……。
「ねえ、さっきも思ったんだけど、そんなケーキこの店にあったっけ?」
火野は首を傾げながら俺の隣の椅子に腰を下ろす。
「お前どっかに行ったんじゃないのか?」
「細かいわね。いいから私の質問に答えてよ」
俺はこれが新作ケーキだということをフリーペーパーの話も絡めて簡潔に説明した。
「えっ、新作ケーキッ!」
火野の瞳がぱあっと輝いたように見えた。
「見たことないケーキだから気になってたんだぁ。それとフリーペーパーって本当だったんだ。……さっきは疑ってごめんね」
なんだよこいつ、急にしおらしくなって。
そんな素直に謝るなよ。俺が悪者みたいに思えてくるじゃないか。
「そんなのどうだって――」
「っていうことは別にケーキを食べることが目的じゃないんだよね? ね?」
火野はグイっと前のめりになり俺に訊ねる。
「……あ、ああ、そうだな」
「じゃあさ、その撮影が終わったらケーキ少し分けてもらってもいいっ⁉」
なるほど。そういうことか。
急に素直に謝るから何事かと思ったが結局は自分の利益の為か。
「そういえばお前、昼は甘い物食いそびれてたもんな。それでわざわざこの店に一人で来たって訳か」
「ぐっ! そ、そんなのどうだっていいでしょ。だいたいあんたのせいでしょうが。私のフルーツサンドを卑怯な手段で奪うんだもんっ」
卑怯とは聞き捨てならない。あれはお前が太らないようにという俺の配慮だ。
「ねえ、それより早く撮影してケーキ食べさせてよぉ。私、昼からずっと我慢してたんだよ」
なんでこいつはケーキが貰える前提なんだよ。
「まだ誰もやるなんて言ってないだろ」
もういい。無視だ。いい加減撮影を済ませないとケーキも乾いてしまう。
俺はテーブルに置いていたデジカメを手にしようしたが、なぜかデジカメがない。
「なーにこれ。めっちゃマズそう、本物はこんなに美味しそうなのに。これ日下部が撮ったの?」
火野はデジカメを手に俺が撮影した写真を勝手に覗いていた。
「お前、勝手に見るなよ。図々しいな……ん?」
デジカメを取り返そうとしたら、火野はスマホとデジカメの画面を俺に見せるようにして向ける。スマホの画面にはケーキやパフェといったスイーツの写真がいくつも並んでいた。
「この写真とあんたが撮った写真。どっちが可愛くて美味しそうに見える?」
食い物に可愛いってなんだよと思ったが、どちらが美味しそうかと訊かれれば悩む余地もない。スマホに映し出せれている方の写真だ。
スマホに映るケーキは乗せられたフルーツに艶があり、キラキラとして色もくっきりしている。対して俺の撮った写真といえばフルーツに輝きがなく、くすんでいる。色も妙に明るかったり暗かったりだ。
「どっちって。そんなの誰が見てもスマホの方だろ。ネットの写真なんてプロが撮ってるんだろうから比べようもないだろ」
「んっふっふっふ~」
火野は意味深に気味の悪い笑い声を漏らす。面倒くさい女だな。
「残念でした~。こっちの写真は全部私が撮ったものでーす」
「は?」
嘘だろ? こんな普通に雑誌に載ってても違和感のない写真をこいつが?
画面に顔を近づけて改めて写真を見るが、やはりどれも美味そうに撮れている。
「じゃあこうしようよ。私が日下部に写真の撮り方教えてあげるから。その報酬としてケーキちょーだいっ」
火野の撮った写真を見た後だと自分の写真が、いかに酷いかを実感させられる。
ここは火野の提案に乗るしかないか。
「わかった。それでいこう」
「やったぁっ」
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