第18話「いざ、撮影をしよう」

 桜神高校から自転車で約五分のところにある桜神駅。そこから数十メートルの場所に目的のカフェはあった。俺は部長から借りた自転車に乗ってここまでやって来ていた。


 学校を出発する前に美空から言われた撮影の手順は、店員にフリーペーパーの撮影に来たと伝えて、出されたケーキを撮影するだけという簡単なものだった。まあ、手順なんてものはなるようになるだろうから心配はないが、果たしてあの女が納得するような写真を撮れるのか。それともう一つ……。


 カフェなんて初めて来たが、なんというか……俺でもわかるくらいお洒落な店だな。

 真っ白な漆喰の壁にコントラストが効いたターコイズブルーのドア。ワンポイントで置かれた観葉植物は瑞々しい緑の葉をつけ、イーゼルに掛けられた小さな黒板にはメニューが綺麗な字で書かれている。


 知らなければここがカフェだなんて気づくだろうか? 俺では無理だな。

 まあ、そんなことはどうでもいい。早く撮影して戻らないと、またあの女が調子に乗る。それだけは我慢ならない。


 ドアを開け店内に入るとこれまたお洒落な内装だ。壁は外同様に白の漆喰。床は落ち着いた色の木のフローリング。テーブルや椅子は床と合わせた色の木材を使っている。

 俺が入店するとすぐに店員が俺のもとにやって来た。


「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか?」


 こんな店だ、店員はもちろん女。


「フリーペーパー『IMA×GAKU』の撮影で来ました。日下部です」


 俺は店員にきちんとした態度で挨拶した。いくら俺でも仕事で来たからには愛想良くするくらいの常識はある。


「伺ってます。店長を呼んで参りますのでお好きな席でお待ちください」


 そう言うと店員は店の奥に消えた。

 俺は店の隅のテーブル席で待つことにした。

 店内には数組の客がいるがそれら全て女だった。こんなに落ち着いた店内なのに俺にとってはなんとも居心地の悪い空間だ。


 しばらくすると店長らしき中年の男性がやって来たので、俺は先程と同じように挨拶をした。店長は早速新作のケーキを持ってくると言って来た方へ戻る。

 すぐ撮影出来るように俺はデジカメを取り出し電源を入れると、店長と店員が新作ケーキを持って来てテーブルに置いた。

 ケーキは全部で三つもある。


「いやぁ、本当は一つの予定だったんだけど、試してるうちに創作意欲が湧いちゃって」


 店長は申し訳なさそうにし、続けた。


「どれも自信作だから全部新作として出したいし、フリーペーパーに載せて欲しいんだけど。そうもいかないからとりあえず三つとも写真撮ってもらって、後で一つに決めるってのでも大丈夫かな?」


 そう訊かれても俺にはそれを判断するほどの経験も知識もない。だがこんな高校生の俺を相手に大の大人が丁寧に対応してくれているのを見ると二つ返事で快諾したくなった。


「締め切りまでに決めてもらえるなら、それで問題ないと思います」


「そっか、助かるよ。では早速撮影してもらって、私たちは邪魔にならないように引っ込んでるから何かあったら遠慮なく言ってね」

「わかりました。何かあったら言います」

「オッケー。美味しく見えるように撮ってね。じゃあ後はお任せします」


 美味しそうに撮ってくれか……それが一番不安だ。

 お辞儀した店長は店の奥へ向かいかけて、


「あっ、そのケーキ撮影が終わったら食べてね、それで感想を聞かせてよ」と言い残した。


 感想はいいのだが男の俺の意見なんてあてになるだろうか。この店はどうみてもターゲットは女だろうに。

 まあ、いいか。とにかく今は撮影だ。

 俺はケーキにレンズを向けた。



 撮った写真は自分が心配していたほどでもなかった。まあまあ上手に撮れた写真を見て俺はホッと肩を撫でおろす。


 そして撮った写真の中でも見栄えが良さそうなもの数枚をピックアップして、借りたスマホに転送しそれを美空に送った。

 写真を送ってから十数秒、既読が付くのとほぼ同時にスマホが鳴り響く。見ると美空から電話だった。


「はい、日下部で――」

『こらぁっ元日っ‼』


 俺の言葉に被せるように響いた美空の怒号。キンと鼓膜を揺さぶった。

 イラっとして俺も大声が出そうになるが今は店内だ。必死に言葉を飲み込んだ。


「……なんですか?」

『なんですかじゃないっ! あんたこの写真はどういうことよっ⁉』


 どういうこととはなんだ? あれか。ケーキが三つもあることを言っているのか?


「ケーキが三つあるのは店長が、まだどれを新作で出すか決めかねているからで――」

『んなこと誰も訊いてないっ!』


 ああ、うるさいな。そんな大声出さなくても聞こえてるよ。


「じゃあ、なんですか?」

『このクソみたいな写真はなんだって訊いてんのっ‼』


 まったく、口の悪い女だな。


「食べ物の写真にクソは失礼でしょ」

『やかましいっ。私が言いたいのは、どうやったらこんな下手な写真になるのかってことよ⁉ いくら小さく載せるからってこんな写真使える訳ないでしょうがっ!』


 はあ、なんだと?

 そりゃプロ並みとまでは言えないが、そこそこの物が撮れているはずだ。

 さてはこの女……。


「お得意の嫌がらせですか?」

『…………はあああああああぁぁぁ~』


 美空はこれでもかと盛大なため息を吐く。


『あんたに任せたのは失敗だったのかもね……。もういいわ。今回は私の判断ミス。私が悪かったのであって、あんたのせいじゃないわ……』


 言われて俺もムッとした。


「その言い方だと自分が悪いようにみせて、実際は俺が悪いみたいに聞こえますけど」

『……………………』


 ん? なんだ、黙ったぞ。図星だったのか。


「おい」

『……はっ! 心底呆れると本当に言葉って出てこないのね驚きだわ。そこまでわかっててあえて言うなんて私でも出来ないわよ』


 なんだとこの女っ!


『もういいわ。店長に謝って元日はとっとと学校に戻ってきなさい。はぁ~……』


 ここまで言われちゃ俺だって意地がある。


「いいえ戻りません。もう一度撮って送ります」

『いや、もういいから戻ってきなさい。あんたじゃ一日かかっても無理だから。部長の自転車と湊土のスマホも返さないといけないんだから。早く戻っ――』


 プーッ……、プーッ……、プーッ……。

 俺は電話を切った。


「絶対にあの女が納得する写真を撮ってやるっ!」

「きゃっ!」


 つい大きな声が出てしまい、いま店に入ってきただろう人物が軽い悲鳴を上げた。


「あ、すみません」

「げっ! 日下部……」


 デジャヴ。

 そこに居たのは火野桃火(ひの とうか)だった。

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